<参考26> 河川敷の春から初夏にかけての草木と花
【イネ科】 ドクムギ属 : ホソムギ・ホソネズミムギ・ネズミムギ
【イネ科】 コブナグサ属 : カラスミムギ
カラスムギは健康食品オートミールとして知られる燕麦の同属で、自身は食用にならないが、古くからチャヒキグサ(茶挽草)と呼ばれていた。
スズメノチャヒキというからには、この花もカラスムギに似た小型のものなのだろうか?
通常カラスムギの穂は一方向に傾き垂れて見えることが多いが、下の写真で分かるように、穂の作り自身はオーソドックスな円錐花序になっている。(ススキやオギの穂も似たような事情だが、セイバンモロコシのように殆ど垂れず、正統派円錐花序を堅持するものも少なくはない。)
【イネ科】 スズメノチャヒキ属 : イヌムギ・ヒゲナガスズメノチャヒキ
左の写真はいずれも2013年4月中旬の撮影で、上の3枚が多摩川緑地の水路側にある土手の法面、下の2枚は多摩川大橋上手の水路側にある土手の法面と土手の上で撮った。色合いが違って見えるのは撮影日が異なるせいもあるが、下の2枚が日当たりで撮っているのに対し、多摩川緑地の方は日陰状態で撮っているせいである。
4月に入る頃にはいろいろな越年草が出そろい、イネ科でもイヌムギやカラスムギなど他の種類が混じってくるが、面積的には(ホソ)ネズミムギが他を圧倒しており、河川敷は法面を含め大半の地面がこれに占拠されている。
左の2枚は4月下旬から5月初旬の頃の撮影。ホソネズミムギは4月には堤防法面から河川敷一帯を制圧してしまう。幼稚園児が集団で土手に来て、ダンボールなどを使って滑り台ゴッコをするのはこの時期で、法面がある範囲だけなぎ倒されているのをよく見るが、園児らが喜々として遊んでいった後の痕跡である。
穂はこのようにその存在を際立たせるようになると、葯(やく:花粉袋)を出すのはもう時間の問題である。ただ道端にはみ出して踏みつけられているもの、法面でなぎ倒されたものなど、生存の危機を感じたものはいち早く葯を出している。倒されてそのまま朽ちてしまうものはなく、自ら実ることはなくても、せめて生あるうちに花粉だけでも飛ばしておこうとする本能が働くのであろう。第一陣は4月末頃に花粉を飛ばし始めるが、その勢いは5月に入っても一向に衰えず、二陣三陣と新手のものが次々に出てきて花粉を飛ばし続ける。
よく見れば幾らか青味掛かった色のものと黄緑掛かった色のものがあり、背丈はいろいろで葉や穂の太さも一定とはいえない。大雑把に言えば、早い時期に活動を始めるものは比較的大型で叢生する傾向があり、色は濃く青味かかっている。春の盛りに増えてくるものは、背丈が低目のものが多く、茎・葉・穂ともに細く、平面や法面に連続的に拡がる傾向があり、色は薄く黄緑色に近い。
ただ明るい色のものにも叢生を示すものや、次第に大型化し穂が大きく垂れるようになってくるなど、全体は二分出来るほど明瞭に区分される訳ではない。
葉が茎に付く付根に葉舌があるといえるかどうかなど、具体的な判定要素も微妙である。
4枚目と5枚目の写真は、ノギのあるものを選んで撮影したもの。4枚目の小穂は小花の数が少なく開出度も低い点ではホソムギだが、かなりハッキリしたノギがある。5枚目の小穂は小花の数が多く、典型的に開出して疎(まば)ら感を与えるタイプである。(小花の数が10前後のものは、ホソムギ、ネズミムギのどちらにもあるが、15以上ともなればネズミムギに限られる。)
5月後半になるとノギのあるものの割合が増えてくる。丈が30cm程度で叢生せず、黄緑色をしているものはほぼホソムギのタイプと言ってよく、法尻などに繁茂し丈が50cm以上(最大1m)になり、青味が濃く叢生傾向を持つものにネズミムギのタイプが多い。
ホソネズミムギの生産能力は大変なもので、草食動物のいない河川敷はこの時期、ホソネズミムギで埋め尽くされると言っても過言ではないが、この膨大なバイオマスは資源として利用されることはなく、5月下旬頃から枯れはじめ無為に朽ちていく。
雑草関係の花粉症のアレルゲンとしては、カモガヤやブタクサが専ら取り沙汰されるが、花粉の量的にはこのホソネズミムギが断然多い。カモガヤやハルガヤのように、花穂に葯が鈴なりという(花粉症の人にとっては見るからに恐ろしい)格好にはならないが、なにしろその本数が途方も無く多いので花粉の量は計り知れない。
毒性の比較は分からないが、杉花粉のように上空から飛散するものではなく、概ねそのまま地に落ちるという点であまり問題にされないのかも知れない。
草木の命名では、よく似たものの小型種に”スズメ”を冠して呼ぶ慣習がある。ところがカラスムギとは異なる属にスズメノチャヒキというのがあり困った。さて土手に繁栄しているのは、カラスムギなのかスズメノチャヒキなのか。
カラスムギの花は若いうちは、包頴(ほうえい)が3つの小花を包み込んで1つになっている。一般にイネ科などの小穂は5〜10個程度の小花が剥き出しで集合して見え、小穂が1つに見えること自体が既に特徴的だ。
図鑑で調べたがどうもなかなか要領を得ない。拡大写真は見付からなかったが、ある図鑑ではスズメノチャヒキの小穂のスケッチは小花の集合したような絵になっていた。しかもチャヒキとついた名前の由来は、夏のチャヒキと呼ばれるカモジグサから来ているという記述があったりもした。どうもスズメノチャヒキというのはカラスムギのような穂ではないようだ。
写真上は4月中旬のもの、中と下は5月初旬のもの。4月にホソネズミムギの中に見え始める頃は、ホソネズミムギの中に葉も茎も太めのものをよく見るとカラスムギだったという感じだが、5月に法面一帯に群れるようになった時には、突き出た穂ばかりが連なって見え、葉は低く隠れてしまうような按配である。
近年北米大陸で大規模な森林火災が多発するようになっているが、その理由の一つとして、森林の下草が外来種であるカラスムギに置き換わったことが指摘されている。確かにカラスムギはよく燃えるだろうなあと想像させる白化現象である。
時期は2015年5月8日。カラスムギの白化は良く知られ、この辺りでも普通に見かけるが、白化の時点では既に中身は無く、護穎の遺骸のみという認識だったので意外だった。
どうやら種子は3個で、毛が生えていて、長く折れ曲がったノギを有している。この折れ曲がったノギが落下後の種子を土壌に食い込ませるために微妙な役割を演じるらしい。
イヌムギの小穂はもともと大きいが、早い時期に見られるものは、小穂がひときわ大きく扁平な感じがする。その一方円錐花序の中心軸は極端に細く、弾力のある釣り糸のようで、穂は大きく垂れるようになる。
これに対して5月に盛んになる新手のタイプでは、先発ものより小穂が幾らか小さく見え、中心軸は少し太いようで、穂は直立性が強まり大きくは垂れないものも多い。
イヌムギに特徴的な現象に「日焼け」がある。イヌムギの花穂は花期の後半に、緑色から褐色に変色するものが多い。これを日焼けと表現したのは、褐色に変色するのが太陽のあたる側だけで、ひっくり返して見ると、反対面は緑色のままだからである。
カラスムギやイヌムギの場合にも、4月の先発ものと、5月に盛んになる頃の後発ものでは、大きさや色合いの点で同じような傾向の違いを感じる。ただこの差はホソネズミムギの場合のように、はっきりした形態的な違いを指摘し得ない。
カラスムギやイヌムギの場合には、種の微妙な変異でなく、単に時期の差により、気温などが違う分でそのように育つということなのかも知れない。 (上の写真の手前側に、偶々ホソネズミムギが写っていて、花の大きさが比較できる。)
種属の分類は生物学的根拠に基づいて行われるが、名前の付け方自身は好い加減な感じがすることも多い。素人には外観だけしか判断材料がないので、名前と分類に違和感を感じる場合はままある。
ただ名前の役割は突き詰めれば種を区別するためのものであり、重複さえ無ければ原則的には機能するものである。似ているかどうかは主観的でもあり、ごく一部の類似をもって似たような名前が付けられることも少なくない。
名前の合理性は所詮その程度のものであると割り切って考えておかないと、名前に振り回されて混乱してしまうおそれがある。
護岸側の普段刈られない土手などに多く出現し、4月中旬頃には小穂に大きな花序を付けて垂れ下がった姿を見せる。垂れ下がる形なので背丈はあまり大きくならない。小穂は先の方が赤味を帯びることが多く、ノギ(芒)が5センチ前後と長いことで容易に区別が付く。
多摩川緑地の外縁に残る土手や、多摩川大橋から上手でも左岸にある散策路側の土手などで普通に見られるが、頻繁に刈取りが入る堤防側ではこれを見たことはない。