<参考26>  河川敷の春から初夏にかけての草木と花


     【イネ科】  クサヨシ属 : クサヨシ

 

六郷川の河川敷では、六郷橋の下手から河口までは、随所にヨシの大群落が見られるが、湿地の面積が少ない六郷橋より上手の多摩川緑地の辺りでは、水際のヨシは普通のヨシとクサヨシが半々程度の割合で混在している。
ここからの写真は2003年5月頃の撮影で、場所は多摩川緑地の上手側の端になる大田区民広場(陸上トラックのある場所)の水路沿いで、この一帯は2006年に上手側で行われた護岸改修の範囲からは外れていたが、関東大震災で崩落したままではないかと思わせる無残な状況だったため、同時期に幾らか手入れが為され、それに伴いこの辺りにあったキショウブなどは失われ、クサヨシもここでは消滅した格好になった。

クサヨシは、葉や茎の様子はヨシによく似ているが、葉幅、茎の太さなど全ての点でヨシより貧弱で、草に似た雰囲気をもっている。
ヨシの穂は枯れたまま朽ちずに越冬し、春の新芽は茶色くなった前年の穂茎の下から伸びてくるが、クサヨシの場合には前年の穂の痕跡は残っていないので、新芽時は緑一色である。

(前年の穂の残骸を残し、春にその根元から新芽を伸ばす姿は、ヨシだけでなくオギにも共通している。但しオギの場合にはヨシと違って、前年の穂の残骸は穂先が無く、ただ茎だけが残っているのが普通である。)

一番上の写真は澪筋側にキショウブの群生がある所だが、キショウブが花を付ける時期に背後から見ると、見える葉はほとんどがクサヨシになっていて、キショウブの葉は覆い隠されてしまっている。

長く伸びた先端が白く見える茎が何本も見えるが、クサヨシの若い穂茎である。クサヨシはヨシのように秋に花を咲かせるのではなく、初夏の新芽を伸ばしきった頃合に、早くも茎の頂きに淡緑色の花穂を出す。出たばかりの若い花穂は、緑色で丸棒状に折畳まれているが、じきに解けて円錐花序を展開する。

この一画にはヨシも混在しているが、たまたまこのウォーターフロントでキショウブと激しく争っていたのはクサヨシの方だった。

小穂は密に付くが一つ一つは小さなもので、苞頴に包まれた1小花から成っている。花穂はほどなくして、淡い褐色に変色し葯を出す。

この区画の位置は低水護岸の澪筋側、旧護岸跡に土が堆積して出来たところで、満潮時には僅かながら冠水する場所である。
護岸縁の地面は、4月にキショウブが剣状葉を伸ばし始めるが、その時期にはキショウブの新芽の中にヤハズエンドウがとぐろを巻いている程度で、周囲には他に何も無くすっきりしている。やがてキショウブと重なる位置にクサヨシが芽を出し、急速に伸びてキショウブを激しく追い上げ、5月に入る頃には完全に競合状態となる。
花時のこの繁茂の中は、ヨシやオギばかりでなく、カモジグサやネズミムギなどのイネ科、タデ科やキク科など多くの雑草が混生する状況に変っている。

クサヨシの花穂は出たての若いうちは緑色の丸棒状で、やがて花を展開するが、不思議なことに、稔って茶褐色に変る頃、又はじめの丸棒状に戻るのである。
左の写真はクサヨシの穂が稔って再び丸棒状に畳まれた時の様子。(この写真は6月下旬だが、クサヨシが稔る時期は普通もっと早く、平均的には6初旬から中旬頃である。)
花穂が畳まれ、再び丸棒状になった写真の場所は上の場所ではなく、下手に進んだJRの鉄橋に近い辺りで、多摩川緑地の低水路との境にある土手の河川敷向きの法面で、背後はヤナギである。

ここからの写真は上の写真を撮った時から10年余り経った後のものである。

ガス橋下手の左岸は岸辺の散策路の水路側に広い草薮が続いている。2013年4月に訪れた際には、一面が大型のイネ科の葉に覆われていてたが、その正体を確認することなく、次に見に行った時には、もう一面クズに覆われた景観に代わっていた。時期が早かったことからクサヨシではないかという推測はできたが、イネ科は多様で複雑なので安易に結論はしなかった。
2014年も4月は、(前年ほどの勢いがないようには感じたが、)概ね似たような状態だった。この年は次に5月中旬に訪れた。予想通り一面にクサヨシの穂が揺れていた。だが一方クズの方も、もうかなり広がっていて、ギシギシなどあらゆるものに巻き付いて蔓を伸ばし、先端は鎌首をもたげるかのような格好で不気味ささえ感じさせた。やがて一帯はクズに制圧され、岸辺のヤナギなどの木本も枯らされてしまうケースが多い。

この左の写真2枚は、2014年5月20日にガス橋下手の荒地で撮ったものである。

多摩川緑地の方から上手へ向い、多摩川大橋を潜り矢口橋(矢口ポンプ所)を過ぎると、ほどなくこの荒れ地に近づく。右手は堤防まで広い河川敷のグランドになっているが、水路側も結構幅のある荒れ地がガス橋まで続く。河川敷と荒れ地の間は細い散策路で仕切られているのだが、2014年の5月はすっかり草で覆われてしまって、岸辺の散策路は自転車が通行できない状態だった。せめて散策路を確保する程度には除草してもらわないと散策路が意味をなさない。
仕方なくグランド側に出て進み、昨年と同じ辺りで踏み込んだ。左の写真はガス橋下手のこの藪で撮ったもので、昨年は結構多様な植物種が見られた場所だが、この年は多摩川緑地で見られない変わったものといえば、ダキバアレチハナガサが数株程度あっただけで、クサヨシ、クズ、ヤエムグラ、カキネガラシなど、荒れ地に強い種の写真を撮って幾らか更新に寄与させた。

(2014年には南六郷の草地でもクズを見るようになった。多摩川緑地や六郷橋緑地もクズに覆われてしまう時期が来る前兆なのかは不明だが、クズの威力はアレチウリを凌ぐとも思われるほど驚異的なもので、一旦攻められてしまえばもうお手上げかもしれない。)

ここからの3枚は2016年6月2日の撮影で、久々に多摩川緑地上手端のJR橋梁近くの水路縁で撮った。
上の方で2003年に撮った、花穂が丸棒状に戻った時の写真を載せている。この場所はその時とほゞ同じ場所だが、上の写真は土手の河川敷側で撮ったのに対し、この際は土手の水路側で撮っている。この際も河川敷側にもクサヨシはあって、この土手の上にはHLの簡易宿舎が林立するようになったが、その他の環境は13年前とそれほど変わっていない。

花穂は巻いているいて、チョット見には、若い穂の出たての姿なのか、終わった後仕舞いなのか判断は付かない。葉の色は若々しい緑色だが、花穂の全体がこのように剥き出しの丸棒状になっているのは、これから花穂を展開していくのではなく、終わった後の独特な景観である。


これは花が終わって間もない時期の穂の様子を捉えたもの。

ここの2枚は2016年6月6日に同じ場所での撮影。
丸棒状に畳まれた穂の中心に軸が通っている状況を拡大して見たもの。


 


 

     【イネ科】  カモジグサ属 : カモジグサ

 

春から初夏にかけて、河川敷にはその他にも多くのイネ科植物が混じっている。主要なものは、スズメノカタビラ類のイチゴツナギ・ナガハグサ、ウシノケグサ類、コヌカグサ類などと思われるが、いずれも葉は細く似たような円錐花序をつけていて、素人にはどれが何だか容易に見分けることは出来ない。

左は多年草であるカモジグサの穂。六郷川の河川敷にはカモジグサは意外なほど少ない。特に法面側には殆ど無く、大抵は散策路より澪筋側の湿気の多い方に存在している。(写真は2003年5月頃、上手一帯の護岸改修前で、区民広場の前にキショウブがあった当時、それらと混在して藪の中にあったものを撮った。)

カモジグサは別名夏のチャヒキと呼ばれるそうだが、ネズミムギなどと同じ単一の穂状花序で、ノギが長い点を除けば、円錐花序のカラスムギと似たところは殆ど無い。

一時はすっかり影をひそめ見ることの無かったカモジグサだが、2014年は結構ホソネズミムギなどの群生場所で混じって見られるようになった。
左の写真は2014年5月18日に、六郷橋緑地で水路側の放置された草地で撮った。

ここからの写真4枚は2014年5月11日に、六郷橋から川下方向に向けて水辺を行く細道沿いで撮ったもので、葯を出している光景をズームした。ここ以外でも刈られない草地の区域ではあちこちで小規模な群生を目にするようになった。




2014年5月17日に、久しぶりに右岸側の変貌の様子を見るべく、多摩川緑地から上手に進み、多摩川大橋を通って右岸側に渡った。ここから下手の戸手のスーパー堤防までの間は、多摩川の汽水域で最も堤防改修の遅れている区間である。
多摩川大橋の袂の河川敷はゴルフの打ちっ放し場になっていて、ここまでは車が出入りするような活況を呈するが、その下手は川崎競馬の練習馬場になっていて、川裏は小向の厩舎村になっている。練習馬場の外縁に当たる本流との中間部は、2000年代の初め頃までは通行可能で、HLの入植などがあったものの、かなり野性的な環境が保持されている場所だった。
然しその後川下側から堤防改修工事が迫り(戸手の堤内地のの撤収が完了せずそこで止まっているが)、この辺りで捨子事件があったりしたことも影響してか、2005〜6年の左岸側の堤防大改修工事の際、右岸側のこの辺りの洲が掘削されたりした後、馬場の外縁部はHLは排除され、一般の通行も不可能な草深い荒れ地に変貌した。
左の写真はゴルフ場と練習馬場の境界部に当たる位置の地先で、本流側を向いて撮っている。カモジグサが多いのには驚いたが、クズもかなり浸透してきていた。
 


 

     【イネ科】  ウシノシッペイ属 : チガヤ

 

チガヤは刈取りに強く、夏場の法面で最も優勢となる種である。5月に葉に先立って花(ツバナ)をつけ、熟して綿毛が飛ぶようになるころ新芽を伸ばしてくる。新芽の時期はヨシやオギより遅くセイバンモロコシより早いというところか。

左のツバナは、5月初旬に安養寺の前辺りになる、低水路護岸下の水際で撮った。
2002年は晩秋に堤防法面の最後の刈取りがあり、トミンタワーの前や多摩川大橋寄りなどでツバナの狂い咲きが見られたりした。
2003年は初夏まで、ごく一部を除いて法面の刈取りはなく、5月の堤防法面はホソムギなどに制圧された状況が続き、下旬になって初めて、天端の側からホソムギの中に僅かにツバナが見えてくるような様子だった。

左下の写真は六郷橋下のヨシ原口で、一帯のチガヤの中にアカツメクサが混在しているところである。
5月中旬で、花穂は既に綿毛化して飛んでいるものも見受けられた。堤防法面以外の小規模の群生地では、この頃アチコチでチラホラとチガヤが咲いているのが見られたが、堤防では未だホソムギが全盛で、かろうじてツバナが見られたのは5月下旬だった。
多摩川大橋から多摩川緑地にかけて、左岸堤防の一部に、天端の側からやっとチガヤの花穂が見られるようになってから、1週間ほどで全面に草刈機が入った。当然堤防のツバナは稔る前に全て刈取られ、花はその役目を果たすことなく終わった。

刈られた後の法面にいち早く緑を伸ばしてくるのはチガヤである。やや遅れて刈られる前とほぼ同種のものたちが復活してくる。刈られる前にあった多くの種は一気に花穂まで挽回し、残り僅かな期間も繁殖活動を行う。ただチガヤだけは春から出ていた草種とは異なり、葉は勢いよく伸ばすものの、花穂は一度刈られると二度と出し直すことはしない。

2002,3年頃、堤防の植生で最も大きな変化を上げるとすれば、法面のチガヤが激減したことと、ヘラオオバコが激増したことだった。ヘラオオバコは頻繁に刈られるところで最も強いが、刈り取りのあまり入らない部分にもあまねく侵入している。チガヤの消滅した跡は大体ホソムギとヘラオオバコに換っている。 (ヘラオオバコについては、(その8)に載せている)
ツバナが綿毛を飛ばす前に刈られてしまうという不利は、今に始まったことではない。何故ヘラオオバコが爆発的に広がり、チガヤが駆逐されてしまったのか素人には分らないが、この辺の堤防は頻繁に土入れが行われる極めて人工的な環境なので、野生種が競う一般の自然環境と同列に議論は出来ない。


左の写真はこのホームページを開設した時ギャラリーに載せていた一枚(下は同日の拡大)で、場所はこの<注釈26>の[樹木類2]で取上げているシャープ流通センターの裏手。都道「旧提通り」が川上側に向けて堤防に上がって来るため、歩行者が川表の歩道に降りていく通路上で撮った。2002年夏の終り頃で、まだこの辺の法面にはチガヤの群落が見られた証拠でもある。
この頃までこの辺から多摩川大橋までの左岸堤防にチガヤは多く、晩秋から初冬に掛けて、法面を赤紫色に染めるチガヤの紅葉が何箇所でも見られたものだが、今群落といえる程の存在は皆無で、植生の変化の激しさに驚かされる。

2004年の初夏、この一帯の法面にツバナは殆ど見られなかった。僅かに残っていたのは高水護岸が施された区域の、護岸より上の部分(それも天端にごく近い法面の上端部分)に限られていた。
高水護岸のあるところの一部にのみ、チガヤが少し残されていたのは偶然かもしれないが、もし理由があるとすれば、新手の進出が先ず法尻で繁殖の基礎を固め、それから法面を攻め上っていく形をとる場合ではないか。高水護岸がたまたま緩衝地帯を形成することになって、上部のものがやや延命することが考えられる。

ツバナの見える周辺には、他の草はいろいろあるものの、ヘラオオバコが少ないのは事実で、ヘラオオバコが法面を制圧し天端の角に穂を揺らしているような区域では、他のイネ科の共存はあってもツバナ自身は全く見られなかった。 法面では刈取りが行われた後は殆ど全面がヘラオオバコに換わってしまうという印象だったが、刈られないところでもそれなりに穂首を伸ばし、ホソムギやカラスムギなどと十分に渡り合っていた。ヘラオオバコは根生葉なので、花穂だけを伸ばしても葉が日陰になる不利は避けられないと思われるが、実際には場所を問わず到る所で驚異的な広がりを見せていた。

ヘラオオバコも要注意外来種の一種だが、意外にもその後減少し始め、2013年頃までに殆ど姿を消すまでになった。多摩川の汽水域では頻繁に工事が行われ、その度に新しい土が持ち込まれるため、植生が変遷する理由を、遷移のように単純過程で考えることは出来ない。だが栄枯盛衰だある以上それなりの複雑で難しい背景があるのだろう。

ヘラオオバコが激減した後、近年になってチガヤの復活が感じられるようになってきた。

2013年の晩秋にはかつて一面チガヤだった、シャープ流通センターの裏手までは来ていないが、その上手になる安養寺からトミンタワーの方向にかけて、あちこちの法面でチガヤの紅葉が見られるようになった。未だ昔のように広範囲には広がっていないが、堤防法面を赤く染める風景は懐さを覚える。チガヤの紅葉は晩秋の始まった頃は黄味が強いがやがて寒さが厳しい冬になると赤紫色に変わっていく。
左のチガヤの紅葉を撮った3枚の写真はいずれも2013年初冬の撮影で、紅葉は未だかなり明るいが、それでも場所によって多少進行に差があって、色付きの具合も微妙に異なる。
(上の2枚の写真は11月末、3枚目の写真は12月21日の撮影。)

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