<参考26> 河川敷の春から初夏にかけての草木と花
【アカネ科】 ヤエムグラ属 : ヤエムグラ
ヤエムグラ(八重葎)は古い時代からある帰化植物で「史前帰化植物」と呼ばれるものの代表種。
【アカネ科】 ヤイトバナ属 : ヤイトバナ (ヘクソカズラ)
広辞苑のヘクソカズラの項には、
ヘクソカズラは臭いと言われるが、屋外で接する限り、悪臭を意識させられたことはない。托葉を調べるために何度もツルや葉を触ったが特に手が臭くなったという記憶も無い。いかに覚えやすく付けるとは言っても、屁糞葛というのは余りに汚い命名だ。古い時代に”くそかずら”と呼ばれていたらしいが、果実は民間薬として鶏屎藤果(けいしとうか)と呼ばれ、あかぎれなどの外用薬として知られるが、根茎をスライスして天日乾燥させた鶏屎藤の方は整腸薬(下痢止め)としての効能があるとされ、それを古人が簡易的にクソと表現していた可能性だってある。
上から3枚は2014年の6月下旬で、雑色ポンプ所と六郷水門の中間辺り、六郷橋緑地に接した水路側の荒れ地で撮ったもの。この荒れた草地は上手側ではオギやヨシが優勢で、セイタカアワダチソウやオオブタクサなども大型化し丈の高い藪になった区域が多いが、下手側は平坦な区域も多く、そんなところにヤイトバナが広がっている。
多摩川汽水域で猛威を振るうツル植物としては、クズやアレチウリがあり、これらは結構大きな植物にも巻き上がって覆い、光線を遮断して枯らしてしまう驚異の大型種で、葉は大きくヤイトバナと見間違うようなものではない。
然しヤイトバナを見分ける特徴として専門家が指導するのは、葉柄の付け根にある三角形状の突起の存在。よく托葉という言葉を聞くが、素人にとって一口に托葉と聞いてもその実体はよく分からない。はっきり”葉”があるのなら見分けは付くのだろうと思うが、突起ということではどれが葉となる新芽で、どれが托葉なのか判然としない。
(「史前帰化植物」 : 前川文夫氏が1943年に、古くからある種の植物群について、これらは縄文時代や弥生時代の頃に、農耕技術の伝播に伴って持ち込まれた植物群であるという説を提唱した。取上げられた植物群は「史前帰化植物」と呼ばれている。)
「史前帰化植物」はイネに伴う種、ムギに伴う種、イネともムギとも関わらない種の3群に分類されている。挙げられている植物種は数多いが、当地で見られるものを中心に例示すると、イネの栽培に伴うとされる例としては、イヌタデ、メドハギ、ムシクサ、オナモミ、チガヤ、チカラシバ、カゼクサ、キンエノコロ、メヒシバ、イグサ、ヨモギ、オヒシバなど、ムギ畑の周辺に関わる例としては、ノミノツヅリ、ハコベ、ナズナ、タネツケバナ、キュウリグサ、サギゴケ、ヤエムグラ、ハハコグサ、ジシバリ、カラスムギ、カモジグサ、ツユクサなど、その他の類にはヒガンバナ、ヤブカンゾウなどが挙げられている。
小倉百人一首に採用されている、恵慶法師の
八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
が有名。ヤエムグラは晩秋に芽生えるので、秋という季節に生い茂るものとすれば、カナムグラが代表的ではなかったかということで、このヤエムグラはカナムグラのことではないかというのが通説になっていて、八重葎が必ずしも種としてのヤエムグラを意味しないとされる代表例として屡(しばしば)引用される。
春先から初夏までは一面のクサヨシが荒れ地を席巻している。夏から秋はクズがクサヨシ以上の勢力で、荒れ地を覆い尽くしてしまう。クサヨシが勢いを失い始め、クズがそろそろ出始めるそんな合間に、ヤエムグラが広範囲に群落を形成する。クサヨシと言えば広辞苑にあるように。8本の細長い葉が等間隔に輪生する独特の姿で、単独にあってもすぐそれと分かるが、茎は柔らかく自立して立ち上がる力は大きくない。したがって一般には丈低く地面を被う形になるが、春に株が急に伸びる時点では上に向かって直立し、この地のように大きな群生地では、4枚目にあるように一斉に立ち上がって伸びる”らしくない”景観を見ることが出来る。
花は小さく目立たないと書かれたものを読んでいたので、覚悟はしていたが、その花の小ささは予想以上で、花に際立つものも無いことから、ズームは良く撮れず悪戦苦闘した。
中々花が見付からないということで、ガス橋下手の荒れ地にも行ってみたが、群落の中にはやはり花は殆ど無く、僅かに若い個体という感じで、全体に緑色が薄く黄色味掛かったような個体に花があった。
この頃には昨年種を決定するまでに至らなかった春先から当地を覆うイネ科の大型種が、推定通りクサヨシであることが顕わになる穂が林立して風に揺れ、4月に芽を出しているものが散見されたクズもかなり広がってきていた。ヤエムグラを撮り終えると、多摩川緑地の方には無いダキバアレチハナガサを撮ったりした。
荒れ地の大半は既にクズに制圧されているが、クズの繁みをラッセルして出てくると、ズボンの全面はヤエムグラの実に塗れ、クズの繁みの下にもヤエムグラが広がっていることが想像される。ヤエムグラの実の表面には返しの付いた刺が密集し、オナモミの実のようにくっ付く作用は強力で、衣服に付いた大量の実の除去には大変手間が掛かった。
果実は鉤型の棘で覆われているが、色が紅く変わってきているものが目につく。熟した表徴なのか、日に焼けて赤くなったということなのかは分からない。
【屁屎葛】 アカネ科の多年草。細い蔓で他物に巻きつく。葉は楕円形。全体に悪臭がある。熟すると黄褐色となる。ヤイトバナ。サオトメバナ。古名、くそかずら。漢名、牛皮凍。とある。
このツル植物の花は、夏の花が少ない季節に、むしろ可愛らしく綺麗な印象を与える。実にも言われるような悪臭は感じないし、これといって不快なところはない。そんな植物に汚い和名を付ける命名者のセンスの無さが愚かな偏見を生み出す。
生物の命名は広い意味でみれば文化的な側面もあることと思われるが、野草に関しては他にもヤブジラミやノミノツヅリなど汚い和名はいくらでもある。あまりに汚い名前ばかり付けていれば、関係者の文化的な素養の無さが浮き彫りになるばかりと感じる。
ヘクソカズラは確かに古い家の便所裏の空き地などに見られることもまゝあるが、決してそのような薄暗い湿気たような場所を好む植物種ではなく、河川敷に続く草地でも、炎天下に曝される広い面積に群生している例も少なくない。ヘクソカズラという名前が、人々に、この草が専ら汚い場所に見られる植物という、誤った先入観を叩き込んでいるのは否めない。
花の印象からヤイトバナやサオトメバナという別名が付けられているものの、ヘクソカズラという汚い名前があまりに浸透してしまっているためか普及しておらず、ヘクソカズラを知っている人でもヤイトバナとかサオトメバナと聞いて知っている人は少ないだろう。
写真は偶々上から11枚が六郷橋緑地の側で撮ったもので、その下の12枚は多摩川緑地の側で撮ったものになっているが、双方で生態に差がある訳ではなく、偶然にそうなった。
これも分岐する場所に突起のようなものが見られるが、とても”葉”とは言えないもので、これは単独だから虫瘤のようなものがあったとしても区別は付かない。このように見慣れないうちは、「托葉」の実体は非常に分かりにくいもので、当面は葉柄の付け根に”何”かがあれば、それはヤイトバナということにしておくという程度の認識で我慢するしかない。
蕾は白く棒状に長く伸び、先端が開いて、白い筒状の先に花弁ができ中央の赤紫の部分が露呈する。左の写真は7月初旬で、以下その下の3枚は7月下旬の撮影である。7月下旬にはもう一面の花盛りで、前年は何でこの花を撮り漏らしたのか定かではないが、この時期に体調を崩して殆ど観察に出歩いていなかったためだろう。
中心の紅紫色の部分には白毛が密集しているのは伺える。オシベだかメシベだか分からないものが、僅かに先端だけが覗いて見えるが、主要部は釣鐘状の奥部に整えられているのだろう。