<参考26>  河川敷の春から初夏にかけての草木と花


     【アカネ科】  ヤエムグラ属 : ヤエムグラ

 
 

ヤエムグラ(八重葎)は古い時代からある帰化植物で「史前帰化植物」と呼ばれるものの代表種。
(「史前帰化植物」 : 前川文夫氏が1943年に、古くからある種の植物群について、これらは縄文時代や弥生時代の頃に、農耕技術の伝播に伴って持ち込まれた植物群であるという説を提唱した。取上げられた植物群は「史前帰化植物」と呼ばれている。)
「史前帰化植物」はイネに伴う種、ムギに伴う種、イネともムギとも関わらない種の3群に分類されている。挙げられている植物種は数多いが、当地で見られるものを中心に例示すると、イネの栽培に伴うとされる例としては、イヌタデ、メドハギ、ムシクサ、オナモミ、チガヤ、チカラシバ、カゼクサ、キンエノコロ、メヒシバ、イグサ、ヨモギ、オヒシバなど、ムギ畑の周辺に関わる例としては、ノミノツヅリ、ハコベ、ナズナ、タネツケバナ、キュウリグサ、サギゴケ、ヤエムグラ、ハハコグサ、ジシバリ、カラスムギ、カモジグサ、ツユクサなど、その他の類にはヒガンバナ、ヤブカンゾウなどが挙げられている。

広辞苑のヤエムグラの項には、アカネ科の二年草。茎は四稜で逆向きの小さい刺があり、葉は細長く、八個内外輪生、小さい刺がある。夏、黄緑色の小花を開く。漢名、拉々藤。とあるが、その前に、「繁茂しているむぐら」との記述があり、古代にはヤエムグラは何重にも生い茂る草叢一般に対する呼称としても使われていたフシがあり、歌でヤエムグラと書かれているものが、実際には(最も近いものとして)カナムグラのことを指していると考えられたりする例がある。
小倉百人一首に採用されている、恵慶法師の
八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
が有名。ヤエムグラは晩秋に芽生えるので、秋という季節に生い茂るものとすれば、カナムグラが代表的ではなかったかということで、このヤエムグラはカナムグラのことではないかというのが通説になっていて、八重葎が必ずしも種としてのヤエムグラを意味しないとされる代表例として屡(しばしば)引用される。


写真は上からここまでの4枚は2014年4月中旬にガス橋下手の荒れ地で撮った。幅の広いこの荒れ地は、ガス橋から下手側に1キロメートルほどの間、この界隈では稀な藪の濃い一帯になっている。
春先から初夏までは一面のクサヨシが荒れ地を席巻している。夏から秋はクズがクサヨシ以上の勢力で、荒れ地を覆い尽くしてしまう。クサヨシが勢いを失い始め、クズがそろそろ出始めるそんな合間に、ヤエムグラが広範囲に群落を形成する。クサヨシと言えば広辞苑にあるように。8本の細長い葉が等間隔に輪生する独特の姿で、単独にあってもすぐそれと分かるが、茎は柔らかく自立して立ち上がる力は大きくない。したがって一般には丈低く地面を被う形になるが、春に株が急に伸びる時点では上に向かって直立し、この地のように大きな群生地では、4枚目にあるように一斉に立ち上がって伸びる”らしくない”景観を見ることが出来る。

左からの3枚の写真は2014年4月中旬に多摩川大橋の下手側、トミンタワーの前辺りの植生護岸の藪で撮った。前年にヤエムグラの花を撮り損ねていたので、この年は早くから花を探していたが、いつごろから咲き始めるのか分からずウロウロした。ヤエムグラを見付けても花は咲かせていないものばかりで、どうなっているのか分からず困った。ここは下の方にテリハノイバラがあって、その関係で昨年からでよく降りる場所だったが、偶々そこにあったヤエムグラが花を付けていたので、寝そべって何枚か撮った内から3枚を載せた。
花は小さく目立たないと書かれたものを読んでいたので、覚悟はしていたが、その花の小ささは予想以上で、花に際立つものも無いことから、ズームは良く撮れず悪戦苦闘した。
中々花が見付からないということで、ガス橋下手の荒れ地にも行ってみたが、群落の中にはやはり花は殆ど無く、僅かに若い個体という感じで、全体に緑色が薄く黄色味掛かったような個体に花があった。



5月の初めの多摩川大橋下手の護岸縁、あのテリハノウバラのところのヤエムグラは、5月の初めにはもう花は無く、青い実が幾つも出来ていたがいずれも2個一組の形になっていて、心皮は種子を二つ作り、その各々を果実に封じ2分果するものとみえる。左の2枚はその時に撮った写真。


5月も中旬から下旬に向かう頃、ガス橋下手の荒れ地のヤエムグラにはかなり多く花が見られるようになっていたが、花と同時にもう子房が膨らみ、青い果実になりつつあるものも見られた。花が小さい(1ミリ半程度)割には実は大きく、全体が白毛に覆われているのが印象的だった。
この頃には昨年種を決定するまでに至らなかった春先から当地を覆うイネ科の大型種が、推定通りクサヨシであることが顕わになる穂が林立して風に揺れ、4月に芽を出しているものが散見されたクズもかなり広がってきていた。ヤエムグラを撮り終えると、多摩川緑地の方には無いダキバアレチハナガサを撮ったりした。


6月下旬のガス橋下手の荒れ地。クズの合間にヤエムグラが地面を覆っている光景が見られ、このような小さな写真では中々表現しにくいが、その夥しい果実の数には圧倒される。
荒れ地の大半は既にクズに制圧されているが、クズの繁みをラッセルして出てくると、ズボンの全面はヤエムグラの実に塗れ、クズの繁みの下にもヤエムグラが広がっていることが想像される。ヤエムグラの実の表面には返しの付いた刺が密集し、オナモミの実のようにくっ付く作用は強力で、衣服に付いた大量の実の除去には大変手間が掛かった。

こちらは6月下旬の仲六郷4丁目(JRと第一京浜国道の間)地先のゴルフ打ちっ放しの奥(本流側)の金網フェンス裏の草地。六郷橋側にはHLの部落があって、その境を成している丈の高い草薮。よく見ると鈴生りの実を付けたヤエムグラがせり上がっている。ヤエムグラ自身は茎が軟弱で、単独で高く伸びることは出来ないが、茎や葉に多くの棘があって、互いに寄り添うようにして立ち上がったりする姿は見るが、ここではオギなどの太い茎を頼りに伸び上がり、蔓植物のように巻き上がって2メートルほどにも達している。
果実は鉤型の棘で覆われているが、色が紅く変わってきているものが目につく。熟した表徴なのか、日に焼けて赤くなったということなのかは分からない。



 


 

     【アカネ科】  ヤイトバナ属 : ヤイトバナ (ヘクソカズラ)

 
 

広辞苑のヘクソカズラの項には、
【屁屎葛】 アカネ科の多年草。細い蔓で他物に巻きつく。葉は楕円形。全体に悪臭がある。熟すると黄褐色となる。ヤイトバナ。サオトメバナ。古名、くそかずら。漢名、牛皮凍。とある。

ヘクソカズラは臭いと言われるが、屋外で接する限り、悪臭を意識させられたことはない。托葉を調べるために何度もツルや葉を触ったが特に手が臭くなったという記憶も無い。いかに覚えやすく付けるとは言っても、屁糞葛というのは余りに汚い命名だ。古い時代に”くそかずら”と呼ばれていたらしいが、果実は民間薬として鶏屎藤果(けいしとうか)と呼ばれ、あかぎれなどの外用薬として知られるが、根茎をスライスして天日乾燥させた鶏屎藤の方は整腸薬(下痢止め)としての効能があるとされ、それを古人が簡易的にクソと表現していた可能性だってある。
このツル植物の花は、夏の花が少ない季節に、むしろ可愛らしく綺麗な印象を与える。実にも言われるような悪臭は感じないし、これといって不快なところはない。そんな植物に汚い和名を付ける命名者のセンスの無さが愚かな偏見を生み出す。

(ヘクソカズラという呼び名は江戸時代からあるという記述も目にするが)、和名は古名を踏襲する必要は無いし、”屁”を付けることで誤った先入主を一層固定化することになり、素人に対してこの植物を、恰も汚物の一部であるかのよう感覚に追いやってしまう。
生物の命名は広い意味でみれば文化的な側面もあることと思われるが、野草に関しては他にもヤブジラミやノミノツヅリなど汚い和名はいくらでもある。あまりに汚い名前ばかり付けていれば、関係者の文化的な素養の無さが浮き彫りになるばかりと感じる。
ヘクソカズラは確かに古い家の便所裏の空き地などに見られることもまゝあるが、決してそのような薄暗い湿気たような場所を好む植物種ではなく、河川敷に続く草地でも、炎天下に曝される広い面積に群生している例も少なくない。ヘクソカズラという名前が、人々に、この草が専ら汚い場所に見られる植物という、誤った先入観を叩き込んでいるのは否めない。
花の印象からヤイトバナやサオトメバナという別名が付けられているものの、ヘクソカズラという汚い名前があまりに浸透してしまっているためか普及しておらず、ヘクソカズラを知っている人でもヤイトバナとかサオトメバナと聞いて知っている人は少ないだろう。

ヤイトバナ(灸花)は多摩川の汽水域では地域を問わず広く分布している。
写真は偶々上から11枚が六郷橋緑地の側で撮ったもので、その下の12枚は多摩川緑地の側で撮ったものになっているが、双方で生態に差がある訳ではなく、偶然にそうなった。

上から3枚は2014年の6月下旬で、雑色ポンプ所と六郷水門の中間辺り、六郷橋緑地に接した水路側の荒れ地で撮ったもの。この荒れた草地は上手側ではオギやヨシが優勢で、セイタカアワダチソウやオオブタクサなども大型化し丈の高い藪になった区域が多いが、下手側は平坦な区域も多く、そんなところにヤイトバナが広がっている。

多摩川汽水域で猛威を振るうツル植物としては、クズやアレチウリがあり、これらは結構大きな植物にも巻き上がって覆い、光線を遮断して枯らしてしまう驚異の大型種で、葉は大きくヤイトバナと見間違うようなものではない。

ヤイトバナと同程度の規模の蔓植物としては、ヤブガラシやヒルガオ、ナガイモなどが近くにある。ヤイトバナの葉は卵型に近い先の尖った平凡な感じ。他方ヤブガラシの葉は5枚の小葉が鳥足状に付く特徴的な複葉。ヒルガオの葉とナガイモの葉はやゝ似た細い三角形に近い形状で葉脈の走りも似ているが、ナガイモの葉は厚みがあって表面に光沢がある。ヒルガオの葉の輪郭は丸みを感じさせないのに対し、ナガイモでは付根側の膨らみが大きく、全体はTの字を丸囲みしたような形をしている。いずれにしても葉の形は明確に異なりヤイトバナをこれらと見間違うことはない。

然しヤイトバナを見分ける特徴として専門家が指導するのは、葉柄の付け根にある三角形状の突起の存在。よく托葉という言葉を聞くが、素人にとって一口に托葉と聞いてもその実体はよく分からない。はっきり”葉”があるのなら見分けは付くのだろうと思うが、突起ということではどれが葉となる新芽で、どれが托葉なのか判然としない。

上の方に載せた写真を撮った南六郷のヤイトバナ群落で、試しに葉柄の付け根を撮ったものを3枚載せてみた。2枚目の対になっているのはかなり小さいがこれは托葉らしいという気がする。4枚目はゴルフ打ちっ放しがある区域(仲六郷4丁目になる)のフェンス裏の奥の藪で、オギの太い茎に巻き付いているヤイトバナを撮ったもの。
これも分岐する場所に突起のようなものが見られるが、とても”葉”とは言えないもので、これは単独だから虫瘤のようなものがあったとしても区別は付かない。このように見慣れないうちは、「托葉」の実体は非常に分かりにくいもので、当面は葉柄の付け根に”何”かがあれば、それはヤイトバナということにしておくという程度の認識で我慢するしかない。



ヤイトバナの花は左のようなもので、中心の赤と周囲の白とのコントラストが際立って、結構綺麗なものである。中央にくぼみがあってオシベやメシベなどは皆この中に入ってしまっていて、普通外には殆ど何も出ていない。(実際には花はガクの中に子房があって、花の中軸部は空洞で、オシベやメシベはそこにある。)
蕾は白く棒状に長く伸び、先端が開いて、白い筒状の先に花弁ができ中央の赤紫の部分が露呈する。左の写真は7月初旬で、以下その下の3枚は7月下旬の撮影である。7月下旬にはもう一面の花盛りで、前年は何でこの花を撮り漏らしたのか定かではないが、この時期に体調を崩して殆ど観察に出歩いていなかったためだろう。




ここから下の3枚は6月末で、多摩川緑地の河川敷と本流縁の荒れ地を仕切る土手の法面で撮った。中央の赤がやけに鮮やかだったことで目を惹かれ、寄ってみると花弁が良く開いていることに感心した。普通それほど古いと思われない花でも、花は咲いていても花弁は中途半端にしか開いてなく、何か外側に織り込まれたように見える場合が多い。ところがここでの花は花弁を全開して花弁をしっかり見せていて、外周はギザギザながら5弁花であることは分かる。
中心の紅紫色の部分には白毛が密集しているのは伺える。オシベだかメシベだか分からないものが、僅かに先端だけが覗いて見えるが、主要部は釣鐘状の奥部に整えられているのだろう。



これは同じ場所のヤイトバナで数日後の7月初めに撮ったもの。やはり花弁はしっかりと開いていた。ヤイトとは灸(きゅう)のことで、ヤイトバナ中心部の紅紫色がお灸の痕に似ているということから付いた名前。もう一方のサオトメバナはもっと綺麗だが、ハナショウブやフタリシズカの別名としても使われるようなので、ここでは譲ってヤイトバナを用いることにした。(ただし、ヘクソカズラで探す人の方が圧倒的に多いだろうから、表紙の種名は止むを得ずヘクソカズラを採用した。)

左の2枚は同じ場所で7月末頃に撮った。この頃になると、蕾は未だあるが、同時に花が終わって脱落した跡も見られるようになってくる。バラ科のピラカンサの項に例示したように、一般に花が終わった後は、ガクが伸びてきて要素を包み込み果実となるものの原型を形成する場合が多いが、ヤイトバナの場合には、ガクが筒状に長い入れ物を下に持っていて、元々その中に子房があるため、特にガクが伸びる必要は無く、やがて子房は膨らんで実になっていくが、ガク片がヘタとして丸い実の上に痕跡をとどめるような恰好になると一般の果実と変わらないような感じになる。



実の写真は青い実が2014年7月中旬で、3枚目の薄っすら褐色系の色付きが見られるのは8月初旬の撮影。場所は上の花を撮っているのと同じ西六郷の多摩川緑地外縁の散策路沿いの土手の法面。



左とその下の褐色になった実は2013年の12月中旬から下旬に掛かる頃に撮ったもの。4枚とも同じ時期に撮ったものだが、未だカーキ色という感じのものから、黄色味を失ってすっかり茶色くなったものまで、進行過程が色々なものが混じっていた。(写り込んでいる赤い実はクコの実)




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