<参考26>  河川敷の春から初夏にかけての草木と花


     【マメ科】  シャジクソウ属 : シロツメクサ・ムラサキツメクサ・シロバナアカツメクサ・コメツブツメクサ・クスダマツメクサ

 

ヤハズエンドウから少しおくれて、マメ科シャジクソウ属のシロツメクサ(白詰草)が広範囲に拡がる。
シロツメクサ・アカツメクサともヨーロッパが原産地で、クローバーの名前でよく知られている。(トランプのクローバーはこの種の三つ葉を模(かたど)ったものとされる。)
地を這うような匐(ほふく)茎で伸びるので、堤防法尻など背丈のある雑草が競合する場所では無理だが、頻繁に刈取られる芝生面や、通行があって常時踏付けられるような場所で強い。
葉は普通3枚の小葉からなり、白い斑紋が出るものと無いものの二通りがある。斑紋のある方が繁殖力が強いらしい。
編んで髪飾りにしたり、四葉のクローバーを探したりと、よく子供の遊び相手になる。もともと牧草で牛馬の飼料になるが、若葉が人の食用にもなることはあまり知られていない。

左の2枚は2007年の5月初旬で、2005〜2006年の2年に亘る堤防拡幅、高水敷造成などの大工事が終わった直後、最初の植生が現れた年で、このとき堤防法面も平面もほゞ一面のシロツメクサだった。以前には多摩川大橋の上手に多く見られたシロツメクサだったが、この年は驚くほどのシロツメクサの絨毯だった。

このシロツメクサの絨毯はその後次第に薄れ、2013年の時期にはもう目立たない状況になって、セイバンモロコシ、チガヤ、セイタカアワダチソウ、ヨモギなどに取って代わられている。

 


 

江戸時代にオランダからガラス製品や医療機器などを輸入した時、シロツメクサが緩衝材として使われていたことで、詰草という名が付いた。その後アカツメクサが渡来したため、従来のツメクサはシロを冠して呼ばれるようになったという。
球状の頭花はいかにも鳥の爪の集合に見え、爪草と書いても通用しそうだが、ナデシコ科ハコベ属にその意味でツメクサと呼ばれる種類がある。
同属のアカツメクサ(レッドクローバー:別名ムラサキツメクサ)は、シロツメクサほど葉が丸くなく、周囲が高いと茎を(斜めに)伸ばし、かなり高くなる能力がある。
アカツメクサは六郷川では一般的とは言えないが、左岸多摩川大橋の上手で堤防側の雑草帯の中に、シロツメクサと混在して結構多く見られるほか、京急鉄橋下一帯にまとまって存在し、六郷橋下の低水路寄り(ヨシ原入口付近)にも幾らかある。

アカツメクサの花はシロツメクサより一回り大きい。花の格好はよく似ていて、双方は色違い程度に思われ勝ちだが、実際には全体から受ける印象は結構異なる。
アカツメクサは茎を長く伸ばしているが、シロツメクサのように花柄として先に花だけが付くのではなく、花の直下に花座のような形に葉を付けている特徴がある。
またアカツメクサの葉は、シロツメクサと異なり必ず葉紋がある。植物園などとは違って。曠野に咲くアカツメクサの中で、花が綺麗でしかも葉に明瞭なV字が浮出ているものを探すのは容易ではない。
左の写真は六郷橋下のもので、珍しくチガヤと混在している。(白っぽく見えるのはツバナで既に綿毛が飛びはじめている。) 比較的近い場所のものでも葉紋が明らかに異なるものがあり、双方がクローンでない(遺伝子が異なる)ことが分かる。


 

上の方の写真は2003年頃のもので、その当時アカツメクサは多摩川大橋の上手側の堤防下には多かったが、多摩川大橋を過ぎ多摩川緑地方向に向う辺りでは未だあまり多くは見られなかった。
然しその後のアカツメクサの繁栄振りはすさまじく、2013年の時点ではもうここから西六郷、南六郷、本羽田と続き、羽田空港の沿岸部に至るまでどこでもこの群生が見られるようになった。3枚目以降の写真は汽水域の河川敷に広く繁茂するようになった以後の、2013〜14年に撮ったものである。

2013年には私にとって大きな発見があった。それは真の「アカツメクサ」を見たことである。今までシロツメクサに対比して、赤っぽいものを単にアカツメクサと呼んでいた。実際の花は殆どが紫色で赤色ではなかったが、これを単純に白に対する赤という感覚でアカツメクサと称していた訳である。
ところが多摩川大橋を下手側に過ぎた先にあるヤマハヨットの舟置場裏手の法面下で、本当に赤いアカツメクサを見てしまった。 ここではムラサキから限りなく赤に近い赤紫のツメクサがあったが、その中に遂に本当の赤色をしたツメクサがあった。
ここから下の3枚の写真はその時のツメクサの花を撮ったもの。左の1枚は未だ僅かに赤紫の余韻を残していると言えなくも無いが、その下の2枚はもう完全に赤と言ってよい。これを見た以上、今後は安易にムラサキツメクサのことをアカツメクサとは呼ばず、正確にムラサキツメクサという表記を用いるように心掛けることにした。勿論本当に赤いツメクサはアカツメクサと呼ぶが、それは今の所ここ以外では見たことが無い。



ムラサキツメクサは集合花序で、爪のように見える一つ一つが花なので、花期が終わり、枯れた花が球面にまとわり付いたように形になるが、この枯れた花が言わば豆のさやにあたり、その中に豆があって、豆の中に種がある。(とは言っても、実際に分解をやってみるとなると、豆の熟れ方に十分考慮して採集しなければならないし、所詮は顕微鏡レベルの細かい作業になるという覚悟が必要だ。)

この段階で、花座にあった3枚の葉も枯れてしまうものと、葉は未だ緑色を保っているものとがあるが、その違いが何かを表しているのか、単なる時間的な差異なのかは不明だ。
このような姿自身は艶やかな花の片隅に控えめに存在し、色を消してひっそり目立たないので、平生には見過ごしてしまい、あまり見慣れないかも知れないが、これがシャジクソウ属のツメクサの最終形である。




 


 

2013年にシロバナアカツメクサを初めて見た。
花の色は白いツメクサだが、クローバーのように丸味を持った葉が下にあって、伸びた茎の先に花だけが付くのではなく、ムラサキツメクサのように花の直下には3葉からなる複葉の花座がある。葉は先が尖った卵型で、V字の紋様もはっきり出ていて、花の色を除けば全体の印象はムラサキツメクサに良く似ている。ただ葉の大きさはムラサキツメクサより小さく、ムラサキツメクサの群生の中に混生して見られる。
何となく変異種のような印象を受け、これが固定された種であるのか、亜種程度の扱いなのか、専門的なことは知らない。

これを撮ったのは多摩川大橋近く、ヤマハヨットの後ろの法面で、上に載せた「真性赤詰草」を撮った場所にほゞ近い。
元々ムラサキツメクサの花の色は薄い紫色から濃い赤紫まで広範囲に亘るので、一方の極である赤色の花があるならば、他方の極である限りなく白色に近いものがあっても不思議はない。
白く出た変異種の交配を重ねて園芸種として固定したものをセッカツメクサ(雪華詰草)と呼ぶそうだが、ここで見られた全体的な印象では、そうした園芸種が逃げ出してきたということでなく、原種のムラサキツメクサに出易い赤化とは真逆の変異がここで出たというような、平凡で野生種的な感じのものだった。

翌2014年にほゞ同じ場所で周囲とは際立って白く見えるムラサキツメクサを見付けたが、良く見ると10個程度の花はいずれも真っ白ではなく、薄っすらとピンク掛かった色が見えたので、その直後には正直いって幾らか落胆した。然し撮ってきた写真を見ると、前年には単純に白色と思っていた花も実は、シロツメクサのような真っ白ではなく、うっすらと着色していたことに気が付いた。野化した後の野生の環境下で自然に起きた変異ではないかと思っていた訳なので、真っ白でないことに不思議はなく、むしろそれが自然なことと思えてきた。
上の2枚の写真が2013年のもので、左の3枚目が2014年のものである。2014年は、これを更新している6月中旬までに見つけてきたシロバナアカツメクサに限れば、その着色度は前年のものと比べてとそれほど違うものではなく、元々セッカツメクサとは違うものと思っていたので、真っ白と思うほうが行き過ぎだと思い直すようになった。

ところがこの頃の或る日、帰る途中で思いがけないものを見付けた。場所は多摩川緑地の入口辺り、サッカーグランドのある所の、堤防から降りてくる坂路の法面に、これぞ真のシロバナアカツメクサという株があった。近年ムラサキツメクサの広がりは顕著で、かつては多摩川大橋の上手に繁茂していた程度だったが、年々川下側に広がった。
それでもヤマハボートからトミンタワーの辺りが中心で、その辺りではもう法面全体というような感じになっている場所も多いが、ムラサキツメクサの繁殖力は強く、トミンタワー前から安養寺の方向まで、ずっと川下側の法面にも出現するようになっていた。
然し新たにシロバナを見付けた、(堤防の一里塚がある)この場所まではまだ前年には見られなかった。この年この辺りの法面にもムラサキツメクサがかなりまとまって見られるようになったのは、この年の初めに、この辺から川下方向のJR橋梁手前まで、数百メートルに亘って、法尻から道路までの間で不可解な工事が行われたことが引金になった可能性がある。

この花が出ていた場所は平面でなく、幾らか法面に掛かっていて、通り掛かった瞬間には、ただ単に白いものがあるなというような感じだったので、確かめるために法面を上がった。よく見るとムラサキツメクサの体裁の白花に間違いなかった。花の数は5〜6個で、ムラサキツメクサと混在して生えていた。未だ十分に開ききってなく、途上というような花が多かった。
丁度この頃多摩川緑地の上手側にある、大田区民広場の散策路際の草薮でクスダマツメクサを発見し、当初は上手く撮れなかったため、何回か通っていたので、その途中になるこのシロバナアカツメクサも何度か撮っていた。未だ全てが十分に開いてはいなかったが、撮ってみるとこれが今まで追っていた薄いピンクが掛かったものとは違って、完全にシロツメクサと同じ真っ白であることが分かって、驚くと共に、2年に亘ってこの種のものを追っていただけに、大魚を釣り上げたような気持ちにもなった。

前述したように、ここから川下側に向けた一帯で、年初に奇妙な土地改良工事が行われ、工事後の春に,工事跡の一帯に多くの珍しい植物が芽生えた。工事後、覆土に切芝は植えられたが、市松状だったので、芝が広がる間もなく、芝の無い部分から次々に草が芽生えて、一寸したワイルドフラワー花壇のような状態になった。
この時見られた草種の中には、園芸種として使われる草種もかなり含まれ、ハーブまで出てくるような状態だったので、覆土として調達された土はかなり特殊なものだったといえる。ここで春の時期にはホトケノザの白花タイプを見たが、シャジクソウ属のツメクサ類は無く、むしろナデシコ科のツメクサが多く出現していた。
この近辺のムラサキツメクサは、”ワイルドフラワー花壇”が草茫々となって一旦除草が入った後に出現してきた。5月中頃にはもう以前の”花壇後”にはホソネズミムギやセイバンモロコシなどの従来種が優先するように変わってきていたが、法面の方ではムラサキツメクサがかなり広がってきていて、その中にこのシロバナもあった。

この花が”ワイルドフラワー花壇”の中で見られなかったことについては、季節的な特性を考えなければならない。ムラサキツメクサは春は未だ季節的に早すぎ、5月頃から活発となって徐々に花を咲かせ、花期は6月頃に最盛期に向かう。季節適性を勘案すれば、この花が”ワイルドフラワー花壇”が刈られて、その新鮮な印象が失われた除草後になってから見られるようになったからと言って、工事との関係が無かったとは言い切れない。工事との関係が疑われるということは、これがセッカツメクサである可能性をも意味する。
実際ムラサキツメクサが長く実績を積んでいたのはトミンタワー近辺で、それが川下に広がってここまで達したとするならば、なぜその途中の、例えば安養寺の前後辺りのムラサキツメクサの群落には、これまでシロバナに変異したものが出ていないのかという疑問に説明が付かない。

上から4枚目の、2014年にここで初めて撮った写真は6月19日で、最後の4枚は6月27日に撮った。
最後の写真を撮った日は、雲行きが怪しく、ゲリラ豪雨に見舞われる恐れもあるような日だったが、順序的にガス橋下手のクズの藪を調べに行く予定だったので、歩きでは難しいと判断し自転車を使った。幸い黒雲は北側を通過し降られることは無かったが、ガス橋下手の藪は深く、ラッセルしている内にトレーナーの下半分は一面、ヤエムグラの実に塗れ、想像以上に大変な思いをした。
この日は、前回確認が不十分だったダキバアレチハナガサのダキバの部分についての確認を重視したが、帰途にあれこれの課題をこなした。

このシロバナアカツメクサの確認は、マサキのその後の花の様子を確認する前の、この日の殆ど最後の予定部分で時間も遅く、天気が悪い日ということもあって、既にやゝ薄暗くなりかかっていた。この日は出掛ける前から、これについてはもう見付からないかも知れないという思いがあったが、幸い見付けることが出来た。シロバナの株は僅かに2株だけ。
もしここにセッカツメクサがあると知られれば、持去られても不思議ではない。然し辺りにはムラサキツメクサが多いものの、シロツメクサも幾らか混じってあり、下を通行する人が仮にこれを見たとしても、シロツメクサと思うだろうし、法面にはヒメジョオンなどもあって、白い花が目立つという環境でもない。そんな訳でこの株は存続し、次々に蕾を出していた。

マメ科シャジクソウ属のツメクサは集合花序なので、普通の花のように蕾が膨らみ、やがて花弁が開いて花が咲くという過程とは一寸異なる。枯れて散った後かと見間違うような格好で、長い毛に覆われた暗っぽい緑色の鞠状に下地が出来てきて、下の方から徐々に縦長な花が開き、次第に集合花序の全体が出来上がっていくという経過をたどる。

この花の8枚は必ずしも同じような白色に見えないが、多分写真の方の都合で写りが違っているためで、花を見てきた感じからは見る度に違って見えるということはなく、色調はまさにシロツメクサの感じと同一という印象だった。


 


 

コメツブツメクサは同じシャジクソウ属の詰草なので、別名キバナツメクサとも呼ばれるが、大きさが小さいことを優先した方の呼称が和名として使われている。
花は小さく写真は十分な大きさまで撮れていないが、他のシャジクソウ属のツメクサと同様に、花は全ての花弁が付根から分離した離弁花冠で、縦軸に対して両側が同じ形をした左右相称で蝶に似たところから蝶形花と呼ばれるような花を、小さく球体状に付けた形をしている。
丈は低いながら匍匐するようなことはなく、一本一本が立ち上がる形をとっている。写真は2014年4月だが、六郷橋緑地でも多摩川緑地でもあちこちにまとまって見られる。芝生地の端の方や道脇などで見ることが多く、藪や荒れ地の中では見ない。






 


 

コメツブツメクサは花が小さくて、ズーム写真がイマイチ納得できるものが撮れていなかった。花は南六郷にも西六郷にも道脇などに結構あったが、これだけを狙って出陣したことが無く、いつも帰り掛けなどに見つけ、序に撮ってくるというような感じで、疲れていることもあって、いいズーム写真が撮れてないのは、単に花が小さいというだけでなく、根気が続かないという事情もあった。
載せる以上はそこそこの写真は必要なので、好天で機会に恵まれれば撮り直したいという思いはあって、道脇のそこそこの草地にはいつも注意を払っていた。そんな時、多摩川緑地から上手に向かう散策路の脇でこの花を見つけ、てっきりコメツブツメクサだと思い、いつもより大きく見えたので、その日は強風気味だったが、なんとかズームに挑戦しようという気になった。
だが撮ってきた写真を見て、花弁が何かコメツブツメクサとは違うと感じ、ネットで大量に画像を表示させて調べたところ、クスダマツメクサという別種があることを初めて知った。
写真はかなりブレている上、いつの間にかカメラの設定が動いてしまっていて、フラット系の写真になってしまっていて、写りが悪く、クスダマツメクサ似ていると思ったが、果たして実際はどうなのかと半信半疑だった。

再度撮影に出向いたが、区民広場の近くだったという記憶しかなく、目印が無かったので逆向きになる”行き”には場所を見付けられなかった。仕方なくそのまま川上に向かい、イグサなどを撮って”帰り”の向きで再度探索した。
曖昧な記憶では散策路の芝地の側(堤防側)だったと思っていたが、実際は荒れた草地の側(水路側)にやっとこの群生地を見付けた。手前側こそコメツブツメクサのように低いが、先の方を見ると、他の草に埋もれてしまわないように、競合する形で30センチ程度まで上に伸びていた。小さいながら結構立上がる力があるツメクサである。






このクスダマツメクサの花のズーム写真には、この緑色の足やヒゲの長い虫が集っている写真が何枚か見られた。アブラムシだろうと思うが、それほど太っていないし、数匹が花に潜り込んだりしているのは、よく見るセイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシやギシギシで見られるアブラムシのように夥しい数でビッシリベッタリという印象とはチョット違う。クスダマツメクサがそれほど多いとは思えないので、この種のみ付くものでなく、この近辺に多いヨモギに付くアブラムシが出張してきているのかも知れない。

クスダマツメクサは帰化植物には間違いないが、原産地は書物によって異なるのではっきりしない。

これが果実になって枯れていく経過はムラサキツメクサの場合とはやゝ格好が異なり、花がそのまま茶色く変色し、下を向いた状態にはなるものの、花序を堅持したままで枯れていく。
枯れていく花も同時に混在している。写真にしてみると若い果実は結構綺麗だ。頭のてっぺんが結び目のような形になるのが特徴的だが意味は不明。



 

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