<参考36>  河川敷の夏から秋にかけての草木と花


     【クマツヅラ科】  クサギ属 : クサギ 

 
南六郷地先の荒れ地(岸辺の散策路に沿う水路側)にクサギの木が7,8本並んで生えている場所がある。クサギは小木とか低木とか書かれているものもあるが、ここの木は低いもので3メートル程度、高いものは4〜5メートルはあり、中木という感じ。
過去のことは知らないが、2013年から2014年に掛けてみると、ひどく蟲にやられていて半分以上の木はほとんど枯れたような状態。まともな木は丈が高く、枯れた木は丈は低く、下から新しい枝を出し直して生き返ったような姿のものも幾つか。これらの木が独立しているのか、根で繋がっているのかは不明だが、完全に枯れてしまったように見える木が出直せるのは、横の木と繋がっているためかとも思わせる。

この特集がメインとしている範囲で、勝手に木本としてのパイオニア植物の御三家を決めているが、それはアカメガシワ、クサギ、ヌルデの三種。

(左の写真、上から5枚は2013年8月9日の撮影。)

アカメガシワはあちこちに散発的にあり(この近辺は全て雌株だが)、高木と言ってよい大きさのものも何本かあるが、クサギがあるのはここだけで中木程度が7〜8本。ヌルデの方は逆に下手側(六郷橋緑地側)には無く、上手側(多摩川緑地側)の多摩川大橋に向かう途中に中低木が20〜30本程度(雄株)密集してある。
ヌルデの方は密集してあり、その本数が年々増しているように見えるので、繋がっていることは想像に難くないが、ここのクサギの方は、隣接しているものばかりではなく、若干間を明けているような感じの場所もあって、すべて繋がっているのかどうかは微妙。

 
(クサギは最近の図鑑ではシソ科に編入されているものが散見されるようになったが、今でもクマツヅラ科としている方が多いので、ここではクマツヅラ科のままにしてある。)

これらのパイオニア植物があることが、汽水域の一帯が植物の安定相でなく、近代に入ってからこれまで攪乱されてきた経緯の表徴と言える。攪乱の中身は、高水敷の掘削、流路の拡幅、水路の屈曲整斉等々の河川改修工事であることは言うまでもない。
汽水域の河身改修は長期間に亘る極めて大掛かりなもので、打ち続く改変を経て、今ではもう近代までの川の原形を偲ぶよすがは全く残されていない。

高水敷の大半を占める”河川敷”は、緑地やグランドとしての利用を図るために整備されたところのことで、芝やツメクサ、セイヨウタンポポなどの小型の草花が生え、堤防法面にはセイバンモロコシなどの大型種が増える場合もあるが、定期的に除草が行われるので荒れ地の様相にはならない。
一方国交省が敢えて手を入れずに残している水路沿いの部分は、荒れ地として藪状化しているが、そのような中に自然に割り込んでくる木本がパイオニア樹種だ。公園や庭木として植樹されるような木とは当然異なるが、森林を形成するような樹とも雰囲気は違う。

高水敷でもっとも多い木本はオニグルミで、洪水時に上流から種子が流されてくるのか、すでに高木化しているものが見られる一方、苗木程度のものや若木も多く目にする。次に多いのはヤナギ類やトウネズミモチだが、トウネズミモチは毎年木全体を被うほど実を付けるのに、苗木状態のものを見たことが無い。今ある高木は全て植栽されたものが起原なのではないかと思う。
こうした状況の中にあって、御三家はこれらの高木とは明らかに違う。元々植樹されるような樹種ではないが、特にクサギとヌルデは共に近辺では他の場所では見られず、限られた存在のままで増えていくようなこともない。他の木本種がやってこれないような攪乱後の厳しい環境に、敢えて存在環境を見出し、いつかの時点で草藪の中に埋もれ、やがて芽生えて今日に至っているのだろう。

クサギという名称は臭木のことだが、顔を背けるような臭気がある訳ではない。葉を揉んだ場合、敢えて臭いを嗅げば、幾らか異臭を感じるという程度のことで、どんな臭いに似ているかと強いて聞かれれば、靴の中敷という感じか。ヘクソカズラの所でも書いているが、和名の中にはうんざりするような文化的なセンスが全く伺われない汚いものが屡出てくる。単に忘れられないような命名を競って付け合っているのではないかとさえ思わせる。

左の6枚目と7枚目の写真は上と同じ2013年の撮影で10月12日になる。年にもよると思うが、クサギの花期は夏から秋にかけて続き、長い期間咲いているなと感じる。

アカメガシワとヌルデは雌株、雄株に分かれていて、木はいずれか一方の花しか付けないが、クサギの花は両性花だ。
花は蕾の時は5稜が先で閉じた袋状をしている。着色が次第に濃く赤くなると、やがて白い花が同じような形で、赤い袋の先を割いて突き出てくる。白い花が出てしまうと蕾時代の袋はまた窄んで、今度は軸を抱いて愕となる。伸び出した花は少し軸部を持った先に、大きな5弁花を反り返り気味になるまで開く。

左の8枚目と9枚目の写真は2014年7月22日の撮影。

花は花弁同様に白い4本のオシベと1本のメシベを長く伸ばす。ただしこの5本が共に真直ぐに突き出しているところは見たことが無い。先端に黒っぽい色の葯を付けたオシベが突き出している花を見ることが多いが、この時メシベの方はこれらのオシベに背けるように、大きく曲がって下を向いている。
一方メシベが真っ直ぐに突き出すような時期には、逆にオシベは折れ曲がって下を向くようになる。オシベは更に付け根の方に丸まってしまうものも多く見掛けるので、多分先にオシベが伸び、そののち交代してメシベが伸びるようになり、役目を終えたオシベは丸まってしまうのではないか。

考えられることは自家受粉を避けるための手順でそうなっているのではないかということだが、並んで咲いている花はそれぞれ勝手な手順で咲いていて、集合としての協調性は無く、隣り合った同士でオシベが出ていたりメシベが出ていたりと混在しているので、自花受粉は避けれても、自家受粉を回避する行動にはなっていないので不思議な行動に見える。
両性花で見られる場合の一般の「雄性先熟」というのは、先にオシベが伸びて花粉を飛ばし、オシベが退いたのちにメシベが伸びてきて先端に受粉機構が開口するというもので、この特集の中では、タチアオイやゲンノショウコの項に載せているような手順を採る。
然しクサギの場合には、下の2014年の写真で分かり易いように、花弁は下向きにまで開いて邪魔にならず、隣合った同士はオシベを伸ばしたりメシベを延ばしたりしているので、それらが接近しごく近くにあるケースも稀ではない。

左から3枚の写真は2014年8月7日の撮影。

花が終わって白いものが脱落してしまうと、蕾の時と似て、再び紅い袋状の姿に戻る。チョット見には蕾なのか、花が終わった後なのか見分けられないほどよく似ている。
受粉に成功していれば、花後の袋は子房を育てている筈であるが、受粉に失敗していても、一旦はこの状態に戻るので、ただこの姿を見ただけでは俄かには判断できない。

この周辺では、他所にクサギを認めない。したがってクサギがもし自家受粉を嫌っていれば、花は多く咲いても結実するには至らない。実際2013年には期待していたものの、遂に実を見ることは出来なかった。鳥に食べられてしまったという可能性も皆無とは言えないが、通りすがり毎に見てきた印象としては結実した気配は感じられなかった。
図鑑などを見ると、咲いた花が皆実になって鈴生りの写真を見る。植物園のような恵まれた環境で撮影されたものと思うが、野生状態では中々そうはいかないと思い知った後だけに、2014年は、今年こそは実を見てみたいとの気持ちを強く持った。

左はその2014年の8月31日の様子。この年は昨年のように遅くまで咲いていることは無く、8月末にはもう手仕舞う状態だった。左のような姿を見ても、ここで残っている袋が全て子房を温めているとは言えないところが何とも言えない気分だ。
花は木の上の方に多く咲き、見上げるような場所なので、観察は容易では無いが、実を探すのは猶更大変という感じ。図鑑に低木などと記述してある場合もあるが、本当に低木ならなぁ・・・と思ってしまう。

左は唯一、引き寄せれる程度の高さに見付けたもので、撮影は2014年9月9日。

左の一個の撮影は2014年9月17日だが、一週間前に上の写真を撮ったものと同じものでは無いかと思う。一週間前に偶然上の一個を見付けて撮ったが、場所をはっきり覚えていた訳ではない。ただあちこち見て回って1つしかなかったと確認していたので、これがそうだと思う。
実は未だ熟していないが、すでに袋は僅かに開き掛かって中が窺われる状態になっていた。これを見付けた時は嬉しかったが、果たしてこれが完成にまで至るのか半信半疑だった。
実際この実はその内見付からなくなってしまった。ものにならず脱落してしまったのか、鳥などに食べられてしまったのか仔細は不明のままだったが、この貴重な一つを失ったことで今年もダメなのかという思いが強くなった。

そんなある日(9月27日)の帰りがけにクサギの前を通ったところ、高いところに実が二つ並んでいるのを発見した。見上げるような状態で逆光となり、距離も離れているのでピントのことも良く分からないまま、取り敢えず何枚か撮って帰った。 態勢が悪すぎて、撮ることは撮ったが、結果には全く期待していなかった。然し帰ってから良く見てみると、拡大してもそれほどひどい写真ではなく、そこそこに写っていた。

そこで気を取り直し、翌9月28日に再度挑戦することにした。出られる時刻に制約があったので、そうそう早く行ってみるということは出来なかったが、この日は真直ぐクサギに向かった。
態勢が悪いことに変わりはなかったが、あっち向きやこっち向きと色々な方向から、またフラッシュを焚いてみるなど、色々やってみた結果が左の写真である。向きが違うので昨日の対象とは違うもののようにも見えるが、同じ実を撮ったものである。
所詮カメラはパーソナルデジカメだし、そもそも実物を目の前でマジマジと見ていないので、実際どんな色なのかイマイチ分からないままだが、赤い袋がガクらしく星形に開き、その中心に青味掛かった黒色の実がある、この写真が撮れたことで、このクサギの項も形になったので、つくづく良かったというのが偽らざる心境だった。

ところがその遙か後になる10月16日に又同じ場所でクサギの花を撮った。実を撮ったのと同じ木であったかどうかは覚えていないが、いずれにしてもこの時期のクサギは、果実が熟している一方で、未だ花も咲いていたということだ。どうしてこの時期にまた花が咲いているのか、このような挙動については良く分からないが、青空に赤い袋が映えて綺麗な光景だった。

前年に晴れて実まで整ったので、翌2015年3月30日に芽吹きの様子を撮った。この木の並びは依然として枯れた木も挟まり荒れた状態だが、この春はこの時点までは幸い、前年のように酷く蟲にやられるという状況は見られなかった。

揉むと臭い葉はこんな感じのごく普通の葉。 (2015年4月25日)

クサギの木肌。 (2015年4月25日)

2015年のクサギは、ここ数年中では最も状態が良い。春から初夏に掛けて蟲にやられている気配は感じられなかったし、葉の勢いも良かった。

左の写真6枚は2015年7月25日の撮影。花が木の全体を被っている株は3本あり、下の方にも十分花があって、この年は実がまとまった数で見られるのではないかと期待された。


クサギは両性花だが、雄性先熟の一例だと思う。前期は雄性期で、4本のオシベが勢いよく直立し、この間メシベは下を向いている。(写真は上2枚が雄性期の例)
やがて後期には雌性期に換わり、メシベが長く直立する一方、役割を終えたオシベは下を向き、そのうちに丸まってしまう。(写真の下2枚は雌性期の例)

雄性先熟は一般には自家受粉を避けるための工夫と説明されている。タチアオイやゲンノショウコのように花が比較的孤立し、しかもオシベが役割を終えた後にメシベが伸びて開くという例では、そう考えることもある程度納得できるが、クサギのように自家の花が密集し、しかもそれぞれの段階が違うようでは、或る花で伸ばしたメシベに近隣の花から花粉を貰ってしまう可能性が高く、雄性先熟が自家受粉を回避するための工夫とする説明だけでは納得し難い面がある。

しかし2015年にはハルガヤでオシベが脱落した後にメシベが出る雄性先熟を見、トウオオバコでは先にメシベが出ておそらく受粉を終えた後にオシベが出て伸びる雌性先熟の例を見た。いずれも性転換に際し中間期は無く、両性期があって、その間の交配は停止されているのかどうかは分からない。
ハルガヤの花穂では、性転換は小花の各自で適宜行われ、近隣との整合性は図られていない。トウオオバコでも複数の花茎は一気に全てが出ることはなく、順次新しいものが出ることによって、多様な段階にある花穂が並ぶことになり、新しい花穂でメシベを先に出しても、そこに隣の先行して雄性期に入っている花穂から花粉が付けられる可能性は高い。

確かに雄性先熟や雌性先熟の仕組みは自家受粉を避けようとする工夫かも知れない。ただ植物では無性生殖による繁殖法が多く採られていたり、敢えて自家受粉により結実し保険を掛ける閉鎖花などという仕組みを有する種もある。
植物はクローン方式もいとわない繁栄第一主義で、そこに有性生殖を組み込むが、有性生殖法に於いても、結実することが最優先され、しかる上で、可能な限り他株と交配し、実生の遺伝子が収斂していくことなく、多様な可能性を含んでいくというような順位で、生き残るための工夫が為されているのではないかと考えさせる。

2015年は花の状態が近年に無く良かったように思えたので多数の果実が見られるかも知れないと期待した。実際8月中旬頃には、かなり下の方に期待できそうな袋が幾つか見られた。
この年は日中の最高気温が35度を超える猛暑日が8日続くなど、何十年振りとか初めてとかいう記録的な暑さだったが、8月下旬に入ると一転して記録的な低温に変わった。日中の最高気温が20度をやっと超える程度の10月中旬頃の気温が1週間ほど続き、この気温の急落に適応出来ず、すっかり体調をおかしくしてしまい、3週間近くブランクが生じて、次に見に行った時には、果実は一つが残っているだけだった。
左の写真は9月11日に撮ったものだが、これまでの間に実が出来ていたのか、結局例年通り出来なかったのかの確認は出来ない。然しとにかく、この年もこの一つしか実を撮れなかったという厳然たる事実に間違いはない。

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