以下は岩波書店の「生物学辞典 第四版」を参考に、地質年代と生物界の変遷を概観したもの。
代 | 紀 | 世 | 期 間 | 生 物 界 の 変 遷 |
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(億年前) | ||||
始生代 原生代 |
先 カンブリア時代 |
46〜25億 25〜5.6億 |
・下等藻類 [35億年前] ・フィグツリー層(南アフリカ) [32億年前] 細菌・藍藻類 ・ガンフリント植物群(カナダ) [19億年前] 光合成藍藻 ・エディアカラ動物群(オーストラリア) [6〜7億年前] 珊瑚の祖先,原環虫類の仲間,クラゲの仲間など |
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古生代 | カンブリア紀 | 5.6〜5億 | ・三葉虫の全盛期 ・カンブリア紀中に現生動物の殆ど全ての門が出揃ったとされる ・バージェス頁岩(カナダのロッキー山中) 三葉虫ほか無脊椎動物の70属130種が炭質の薄膜として保存されている (豊富な海生動物相の存在を示す海底堆積層) |
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オルドビス紀 | 5〜4.4億 | ・三葉虫のほかにオウムガイ類が全盛期に入る ・黒色頁岩中の筆石(フデイシ)類が示準化石とされる ・サンゴや層孔虫による礁性石灰岩が出現する (特にカナダ北部) ・日本最古の化石はこの時代のものと思われる貝形虫である |
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シルル紀 (シルリア紀) (ゴトランド紀) |
4.4〜4.1億 | ・床板(ショウバン)サンゴ類や四放サンゴ類が著しく発達し、各地に礁性石灰岩を作る ・筆石類もよく発達している ・脊椎動物では無顎(ムガク)の魚類が多様化した ・生物の陸上への進出が始まる (紫外線を吸収するオゾン層が形成されたと推測) ・維管束植物が出現した |
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デボン紀 | 4.1〜3.6億 | ・陸生植物が多数繁茂した ・非常に多数の魚類が出現した(シーラカンス,肺魚,軟骨魚など) ・腕足類の「スピリファー」が示準化石として有名 ・節足動物では巨大な体を持つ巨甲類が出現 ・後期には硬骨魚類(肉鰭類)から進化したと思われる 両生類が出現し、動物の上陸が始まった と考えられる |
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石炭紀 | 3.6〜2.9億 | ・植物は大部分が巨大なシダ植物で、湿地帯に大森林を形成していた ・海生動物では腕足類・ウミユリが繁栄(北米のメゾンクリーク動物群が有名) ・後期に爬虫類,紡錘虫類(フズリナ類)が出現 ・石炭紀からぺルム紀にかけて(新世代第四紀の大氷河とは別の)氷河期があったとされる |
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ペルム紀 (二畳紀) |
2.9〜2.5億 | ・ぺルム紀末に海生動物は 70%の属 50%の科が絶滅した ・三葉虫,四放サンゴ,紡錘虫(フズリナ)などが完全に絶滅した ・アンモナイト,貝形虫,ウミユリ,腕足類など生き残った分類群も大きな打撃を受け、構成種の内容が一新した |
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中生代 | 三畳紀 | 2.5〜2.1億 | ・海生動物はセラタイト型アンモナイト,六放サンゴ,ベレムナイトなどが栄える ・陸生動物については、堅頭類 (デボン紀に生まれ石炭紀からベルム紀にかけて繁栄し、爬虫網への分岐の起点となった両生網の化石動物) が三畳紀末までに絶滅した ・堅頭類に代わって杯竜類(石炭紀末に生まれ爬虫網の 「適応放散」 の基となった種族) が大発展を始めるようになった ・三畳紀末に獣型類から分かれた原始哺乳類が出現した |
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ジュラ紀 | 2.1〜1.4億 | ・海中ではアンモナイト類が全盛、その他ベレムナイト類やサンカクガイなどの軟体動物が著しく発展した ・植物界ではシダ植物や裸子植物のソテツやイチョウなどが栄えた ・陸上では爬虫類が全盛をきわめ、海中から空中まで広く適応放散した ・始祖鳥が現れた ・原始的な哺乳類が知られている |
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白亜紀 | 1.4億〜65 | ・陸上動物は爬虫類の全盛が続き、恐竜類が最も著しい ・哺乳類は小型で夜行性 ・海はアンモナイトが依然栄えるも巨大化異常化がみられる ・中植物代の針葉樹,ソテツ,イチョウなどが衰え、代わって被子植物が急に栄え始め、現在に至る新植物代に入った(植物界の白亜紀変革) ・白亜紀は全地質時代の中で海が著しく広がった時期であったが、末期には逆に海退と陸地の上昇が起こっている。現在世界各地に見られる大山脈はこのころ完成したものが多い ・白亜紀末の 「大絶滅」 (マス・エクスティンクション) は海陸に起こり、海洋ではアンモナイトをはじめ全体の約 50%の属が消滅、陸上では恐竜類が絶滅し(その末えいとして鳥類を残し)、哺乳類が大規模に適応放散するきっかけを作った |
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(百万年前) | ||||
新生代 | 第三紀 | 暁新世 | 65〜54 | ・温暖な気候が支配的 ・陸上で哺乳類の大型化や適応放散が始まっている ・初期霊長類に近いプレシアダピス類(Plesiadapiformes) |
始新世 | 54〜37 | ・熱帯的な気候が支配的 ・ウマの祖型,長鼻類の祖型,サル,霊長類などが出現した ・曲鼻類の祖アダピス類(Adapidae), 直鼻類の祖オモミス類(Omomyidae) ・海では貨幣石類などの高等有孔虫類が著しい発展をとげる ・植物界では北極地中新世植物群とよばれる温暖植物群がみられる ・直鼻類の系統に真猿類が生まれた。 |
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漸新世 | 37〜24 | ・真猿類が広鼻類(新世界猿)と狭鼻類(旧世界猿,類人猿)に分化した ・ウマ類,ゾウ類などの近代型の生物が発展をはじめる ・エジプトのファユームで真猿類のエジプトピテクス(3000万年前)が発掘される ・始新世に著しい高等有孔虫類はこの時代に入る前に多くの属が滅亡したが、それでもまだ相当盛んである。ヨーロッパではこの時代の貝化石のうち現生種は 10〜15%あるとされている ・メタセコイア(アケボノスギ)は漸新世から現代まで同一種が存続し、形態を殆ど変えていないという |
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中新世 | 24〜5 | ・温暖湿潤な気候からやや乾燥気候に移ったといわれる ・貝化石の総種類に対する現生種の比は 20〜30%ある ・現代の生物群の発展期で、今日のものに著しく近似したもの、或いはその直接の祖先などが見られる ・草食動物は原野生活に適応して大いに栄え、またこれが肉食類の発展をうながした。ゾウなどの巨大化が目立つ。 ・日本から北米西岸にかけて見られるデスモスティルスは、この時代特有の海生哺乳類である ・プレート運動によってテチス海が完全に閉じられ、現在見られるような海洋生物地理区系が出来上がった |
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鮮新世 | 5〜1.7 | ・初のヒト科:直立二足歩行の猿人[アウストラロピテクス]が出現 ・エチオピアのアファル三角地帯のアラミスでラミドゥス猿人(440万年前) ・貝化石の総種類に対する現生種の割合は 60〜70%とされ、現生種の著しい増加が目立つ ・長鼻類はこの時代に至って全盛に達し、肉食類も中新世に続いてますます発展した ・約 300 万年前にパナマ地峡が成立し、北米の優勢な哺乳類が南米に侵入して南米の哺乳類群は壊滅的な打撃を受けた ・東アフリカに初のヒト属(Homo):原人[・ホモ・ハビリス,ホモ・エレクトゥス(北京原人),ホモ・エルガスター(200〜20万年前)等 ]が出現 ・この時代の後半から気温低下が起こって、次に来る大氷河時代のさきぶれを示す。特に植物界にはこの影響が顕著 |
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第四紀 | 更新世 [洪積世] |
1.7〜0.01 | ・寒冷気候が繰り返し襲来し、北半球で氷河が広く発達していた 「大氷河時代」 の初めから終わりまでを更新世とする。 ・欧州では氷期は6回、北米では4回あったとされるが、それぞれその間には温暖な間氷期があって氷河は著しく後退した ・氷期と間氷期の繰り返しに伴い、海水量の増加減少につれて、大幅な海水準の上下が起こった。氷河性海面変動 (グラシィアル・ユースタシイ) は約10万年毎に繰り返され、その高度差は最大100M以上に達した ・初の人類(ホモ・サピエンス):旧人ネアンデルタール人(20〜3万年前)等,新人クロマニヨン人(4〜1万年前)等、旧石器時代はほぼこの世の終わり頃終わったとされる ・今日の生物地理区の起源はこの時代にあり、生物界の大部分は現生のものと大差ない ・更新世の末に哺乳類では長鼻類や巨大な貧歯類その他の大形獣の絶滅が著しい (マンモス,オオツノシカなど) |
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完新世 [沖積世] |
1 万〜 | ・大氷河時代の最後の氷期 (ヴェルム氷期) を 「前寒冷期」 といい、前寒冷期以後気候が温暖化してツンドラ時代となり、更に森林が生じ始めた時期を 「後氷期」 という。 紀元前8000年から始まったとされる後氷期から現在に至る1万年を完新世とする |
35億年前頃には細菌のような原始生物が生まれ、27億年前頃には藍藻のような原核生物が太陽のエネルギーを取込む光合成の能力を開発したのではないかと考えられている。
19億年前のカナダのガンフリントチャートから発見された化石植物群の中にクロロフィルaの痕跡が見られるという。クロロフィルaは高性能のアンテナ色素で、強力な太陽光をキャッチして水を酸化し、水から引き抜いた電子を励起して生体エネルギーに転換する一方、水素を媒体にして励起電子から還元力を構成する。こうして得られたエネルギーと還元力を投入して炭酸ガスを加工し、有機物を合成することが出来るようになった。
高度な光合成のスキームが開発された結果、水が解体されて酸素分子が捨てられるという全く新しい現象が始まった。藍藻が海洋中にまき散らした酸素は、初めは鉄などの酸化に費やされ酸化鉄として沈殿したと思われるが、やがて海中の鉄が全て酸化されてしまうと、海中での遊離酸素濃度が徐々に高まり、やがて海中で飽和した酸素は徐々に大気中に出ていく。
大気中に出た遊離酸素からオゾンが生成され、大気の上層に形成されたオゾン層が紫外線を吸収し、地表に浴びせられる紫外線が和らぐことによって、初めて生物は海から出て陸に上がることが可能になるが、そうした過程はまだまだ先のことで、とりあえずは海水中に充満してきた遊離酸素が全ての生物に重大な選択を迫り、生物界は第二の転機を迎えることになる。
クロロフィルaによる光合成はエネルギー獲得手段に劇的な道を拓いたが、一方でそれまで殆ど無かった酸素分子を排出することによって、生物環境に大きな変化が起こされることになった。酸素分子は生体に入ると一部は不完全な還元作用を受けて活性酸素に変化し、生体の細胞組織そのものを酸化即ち破壊してしまう。生物は生き延びるために、酸素から逃げ回るか、体内に活性酸素を無害化する仕組みを整えるかしかなかった。
クルルフィルとシトクロム(励起電子のエネルギーを生体エネルギーに転換する最初の役割を担う)は、テトラピロール環の中心に金属を配したポルフィリン誘導体を含む構造のタンパク質だが、血中酸素を運搬するヘモグロビンや活性酸素の無害化を促進するSOD、過酸化水素を分解するカタラーゼなど酸素代謝に必要な解毒剤もまた似たような金属酵素である。
酸素耐性を獲得した進化生物は、同時に酸素をエネルギー代謝に利用する呼吸生物に生まれ変った。
有機物中に固定された太陽エネルギーを、生体のエネルギー源として利用するには、水素を切離して電子からエネルギーを取出さなければならないが、そのためには水素の残骸を処理する方法を持っていることが必須である。(処理出来ないと細胞内が水素の蓄積で酸性化してしまう。) 進化した呼吸生物は、遊離酸素を積極的に取込み、使用済みの水素を酸素に添加し水にするシステムを開発して、この課題をクリアしたのである。
原始生物は原核細胞だったが、高度高熱菌のような古細菌の細胞内にリケッチア(ミトコンドリア)やシアノバクテリア(葉緑体)などの真性細菌が共生し、やがてそれらが細胞小器官に変わって真核細胞が生まれた。(ただ主要なDNAが存在する核や核膜がどのようにして出来たかは分っていない。共生細菌のDNAは次第に核内のDNAに転移されていくが、遺伝子のごく一部はミトコンドリアや葉緑体自身に残されている。) 真核細胞生物は今から12億年前頃に進化した多細胞生物を生み出すようになった。
こうして新たな生物界は、太陽エネルギーを取込んで自ら合成を行う光合成生物と、他の生物を捕食してその有機物をエネルギー源とする呼吸生物に分化し、呼吸生物は獲物(栄養源)を求めて動き回る動物となり、5億6千万年前遂にカンブリア爆発と呼ばれる各種生物の一斉放散にいたるのである。
地質時代は5億6千万年前を大きな区切りとし、その以後の全ての時代を顕世累代と総称する。顕世という意味は、生物の存在や変遷がはっきり目で見られるという意味である。地球に生物の痕跡が残るのは、生物が炭酸カルシウムの殻をまとったり、リン酸カルシウムの骨を持ったりした以後に於いて、それらの生物が構成した無機物が化石として地層の中に残り易くなったためである。
顕世代の第一紀であるカンブリア紀の地層から、多くの動物種が爆発的に現れたことが化石によって明瞭に認められる為、この紀を境としてその以後について細かな時代分け(代、紀、世)をするようになっている。(その以前については生物が既に存在したことは確かながらも、何がどうなっていたのか定かには言えないことから、近年は特に時代分けせずに「先カンブリア紀」として一くくりにしてしまうことが多い。先カンブリア時代を陰生累代ということもある。)
5億6千万年前から2億4千万年前までを古生代と呼ぶ。本格的な生物時代の到来を告げる古生代は6紀に分けられ、三葉虫の全盛時代として知られる第一紀はカンブリア紀と呼ばれる。カナダのロッキー山中に発見されたバージェス頁岩が最も有名で、旧時代(ベンディア紀)のエディアカラ動物群(オーストラリア)が30種程度(の印象化石)であったのに対し、カンブリア紀には怪物アノマロカリス、正体不明の五つ目オパビニア、脊索動物ピカイア、環形動物カナディアなど、その後絶滅したものや進化したもの取り混ぜて、1万種程の生物が生まれたとみなされ、カンブリア爆発と称される。
大陸地殻の形成は「先カンブリア時代」中頃から始まったが、古生代の海陸の構成は、現在の地球からは全く想像できない配置になっていた。この時代にもヨーロツパの中西部でカレドニア造山運動やパリスカン造山運動などが起きているが、激しい地殻変動が起こっていない地方では、先カンブリア紀の造山運動の名残は侵食され平坦化していく。古い大陸地殻にはこのような平坦化した古い地質の残る地方があり、この時期の名残は「盾状地」と称される。カナダ楯状地やバルト楯状地が典型とされるが、南米のギアナ高地やブラジル高原なども「盾状地」で、これらの岩石にはもはや風化されて溶け出すものは何もなく、川は下流まで雨水そのものに近い状態で流れ下る。
雨水は炭酸だから、それほど古くない陸地では、岩石からアルカリ分を溶かしだし、浸食された岩石は崩壊して砂礫を生じ、川底や河口の沿岸には砂礫が堆積する。地表を覆う堆積岩は、溶岩などが雨風によって崩壊して生じる 「レゴリス」 、粘土鉱物や火山灰の堆積物から出来るばかりではなく、岩石の風化により生じた泥、「シルト」 などが河川によって海に運ばれ、海底に堆積し永年の 「続成作用」 を受けて生成したものが、地殻変動で造山されて再び陸地になることで生まれるものもある。
4億1千万年前からデボン紀に入る。もうこの時代には紫外線はオゾン層によってほぼ完全に遮られ土壌の形成も進んで、陸生植物が多数繁茂するようになった。多数の魚類もこの時代に出現した。脊椎動物としては魚類は最も古く、この紀までに全ての「網」が出揃い、デボン紀は別名魚類の時代とも呼ばれる。
デボン紀後期に、植物に5〜6千万年遅れて動物の上陸が始まった。(硬骨魚網の肉鰭類(にくきるい)から両生類の祖イクチオステガが進化した。)
3億6千万年前から石炭紀に入る。植物はリンボクなどの巨大なシダ類,トクサ類,ヒカゲノカズラ類などが栄え湿地帯に大森林を形成する。酸素は急増し、この紀の後期には初めて爬虫類が出現、昆虫の祖もこの頃生まれている。
2億9千万年前から古生代最後の時代となるペルム紀 (二畳紀) に入るが、この紀の末に三葉虫や四放サンゴ、フズリナなどが絶滅し、アンモナイトなど生き残った群も大きな打撃を受け、生物群はその構成内容が一新し中生代を迎えることになる。時代が変わるということは、そこでかなり大規模な生物相の変化が見られたことを意味する。ペルム紀末の大絶滅は地質時代史上最大のものとされ、海の無脊椎動物の9割以上が死に絶えたとされる。
古生代の末期(2億5千万年前)には、大陸はほぼ一つに集まり、究極の超大陸パンゲア(Pangaea)が形成されていた。(超大陸パンゲアに対して超海洋をパンサラッサ Panthalassa と呼ぶ。) 中生代は2億5千万年前から6千5百万年前までで、初めの4千万年を三畳紀、続く7千万年をジュラ紀、最後の7.5千万年を白亜紀という。
中生代は生物界では爬虫類の栄枯盛衰の時代だが、1億8千万年前から大規模なマグマの噴出が起き、超大陸パンゲアの分裂が始まった時代でもある。
中生代初めの頃にパンゲアの北側でローラシア大陸が分離し、ジュラ紀末の1億5千万年前頃に、南側のゴンドワナ大陸の真下からマントルが湧昇し(大西洋中央海嶺の誕生)、やがてゴンドワナ大陸の地殻は中央から真っ二つに裂けて大西洋の起源が生まれることになった。その後ゴンドワナ大陸は、アフリカ大陸・南米大陸・南極大陸・オーストラリア大陸・インド亜大陸などに四分五裂して散らばっていく。
恐竜の化石は世界各地で発見されているが、ティラノサウルス類については東南アジアで白亜紀初期の地層から数メートル程度の大きさのものが発見され、北米大陸では白亜紀末期の地層から15Mにもなる大形のもの(T.Rex)が発見されている。この頃北半球ではユーラシア大陸と北米大陸はアラスカとシベリアが繋がるような形で地続きになっていて、ティラノサウルスは1億2千万年前に東アジアで生まれ、7千万年前までに北米大陸に移動したものが巨大化して T.rex になったと考えている人は結構多いようである。
白亜紀末(中生代から新生代への移行期に当たる)に恐竜やアンモナイトが絶滅した「大絶滅」の原因については何かと議論されるが、そもそも地質時代に多くの代,紀,世などの区分があるのは、その各紀各世の末に、程度の差はあれいずれも旧時代の生物が大量に滅亡し、次の時代に掛けて生物相が一変したことを示している。地質時代にはその規模は幾らか異なるものの4〜5度の大規模な生命の絶滅期があったとされ(オルドビス紀末、デボン紀末、石炭紀末、ペルム紀末、白亜紀末)、白亜紀末の絶滅が過去最大のものであったという訳ではない。
白亜紀末の場合には続く第三紀との地層の間に、宇宙からの巨大な飛来物があったことを想像させるイリジウムが高濃度で発見されたり、大火災の発生を裏付けるススが発見されるなどしている為、色々な仮説が唱えられ検証作業を導くこととなっているが、その他の時代の場合、その末期に何が起こり大量の生物種が絶滅した原因が何であったのかについては、実際に何も分かっていないケースの方が多い。
或る時期に生物が大量に絶滅するのは、その原因は何であれ、その時期に結果として地球の気候が極端に寒冷化したためであると考えられるのが普通である。寒冷化(氷期)を引き起こす原因については、火山活動の活発化が引き起こす火山灰が太陽光を遮断するなど諸説あるところだが、大陸地殻の移動との関連性でいうと、恐竜が姿を消したとき、南極大陸は極地に向かって移動していたものの、世界はまだ氷期には突入しておらず、環境が悪化していたとはいえ恐竜にトドメを刺すほどのものではなかったとされる。
白亜紀末に宇宙からの飛来物の衝突があったことはほぼ確実視されているが、そのことだけでは世界中の恐竜が根こそぎ絶滅してしまったことの説明としては不十分である。大絶滅(mass extinction)の原因について、近年実に多くの説が唱えられるようになっている。大隕石の衝突説にしても、長期に亘る火山の大噴火説にしても、太陽が遮られて寒冷化したとする他、NO2やSO2が大気中に充満した結果強い酸性雨を降らせることになり、(恐竜は卵の殻を溶かされ、アンモナイトは貝殻を溶かされるなど)酸性雨が当時繁栄を極めていた生物種を絶滅に追いやった直接の原因になったと説明する人もいる。
気候以外の観点をとる説の例として、宇宙線説では以下のように説明する。地球の地磁気は過去に何度となく反転していることが知られているが、磁極が反転する過程は一旦地磁気が消滅する時期が来て、1万年位して再び磁化する際に両極が逆転して帯磁することで磁気の反転が生じる。地磁気が消滅している期間には、磁力線による太陽風や宇宙線を回避させる力は働かないので、大気圏を突き抜けてきた中性子線などが殺戮光線として降り注がれることになる。長年中性子線を浴びることになった結果、海生生物でも浅瀬に棲むものが死に絶え、陸上でも泥の中や地中の穴蔵などに隠れ棲むことが出来なかった動物が死滅したと考える。
恐竜類が絶滅した後、即ち今から6,500万年前から以降を新生代と呼ぶ。新生代になって哺乳類が爆発的に適応放散するが、哺乳類は爬虫類から進化したわけではない。(絶滅した恐竜類はその前に鳥類に進化したものが生き続けている。)
ジョン・グリビンは以下のように説明している。古生代の中頃両生類が上陸を果たして間もなく、今日の爬虫類と哺乳類のともに先祖にあたる生物が、ほぼ同時期に両生類から進化して生まれた。一旦は原始哺乳類が覇権を握るが、ペルム紀末の環境激変期に、それまで地上を制圧していた大型のものが食物を失って死に絶え、生き延びたものが小型同士(キノドン=犬歯類と槽歯類)で競争は振り出しに戻る。三畳紀からジュラ紀の初めにかけて、同じ条件のもとでこの2種類の温血動物(哺乳類と爬虫類の先祖)が、地上の覇権を巡って純粋な競争を繰り広げる。
結局進化面で成功した槽歯類が爆発的に放散し、やがて主竜(恐竜)が現れるに至ってキノドン類は完全に逐われ、勝利した爬虫類は以後栄誉栄華を極めることになる。破れた哺乳類の先祖はネズミに似た小型の生物に進化し、夜行性の取るに足りない存在に身を落とすことによって絶滅を凌いだというのである。
これとは別の説に、脊椎動物は両生類から爬虫類へと進化した後、程なくして哺乳類をも生み出したが、哺乳類への進化は「何かが起こった」場合に脊椎動物が絶えてしまわない為に、保険として多様性を残したものだったという見方がある。哺乳類は三畳紀末に早くも出現していたが、その後1億数千万年もの長い間、爬虫類全盛の陰で細々と生存せざるを得なかった。その保険が白亜紀末の大絶滅で実を結んだというのである。
絶滅の理由については偶然説と必然説の両論があるが、もし恐竜類が偶然の出来事により滅んだものとすれば、その出来事が無ければ新生代は無く哺乳類の今日の繁栄は無かったことになる。
中生代後半に恐竜類は巨大化の一途を辿るが、一方的に食べられるばかりの植物も、やがて自衛的に進化した被子植物が栄えるようになり、中生代の末にはそれまで栄えていた裸子植物は衰退していく。こうして草食恐竜の食物が枯渇していけば、肉食恐竜の食物も枯渇することになり、たとえ天変地異などのことがなくても恐竜は所詮滅びる運命にあったという必然説を唱える人も多い。
しかし爬虫類と哺乳類の争いは三畳紀に一度決着が付いており、たとえ恐竜が必然的に滅びたとしても、それだけでは爬虫類に代わって哺乳類が繁栄することには繋がらない。ゆっくりした環境変化であれば恐竜の側でも進化して対応が出来た筈であり、恐竜が絶滅してしまった背景には、やはり進化のスピードでは対応し切れないほどの環境の激変があったと考える方にやや分が有るのではないか。
新生代は恐竜絶滅の後を受けて哺乳類が爆発的に適応放散した時代で、通常中生代直後の第三紀(6500万年前〜170万年前)と、第三紀以後現代に至る第四紀とに分けられる。
(この分け方はいかにもバランスが悪いとして、最近、新生代を第三紀と第四紀に分けることを止めて、古第三紀と新第三紀に分ける人が出始めている。この場合「紀」の境目は漸新世と中新世の境とするので、中新世以降現在までが新第三紀ということになる。)
現生型の哺乳類はジュラ紀に出現した卵を産む哺乳類=単孔類が最も古く(オーストラリアにカモノハシ類,オーストラリアとニューギニアにハリモグラ類が現生)、白亜紀には南米大陸にオポッサムのような有袋類が出現し、新生代の初期にオーストラリアに渡ったものは独自の種分化を遂げた。
第三紀に入った暁新世(6,500〜5,400万年前)になって有胎盤類の祖と言われるネズミ大の食虫類デルタテリジウムが外蒙古に出現した。第三紀は哺乳類が大型化し適応放散した時代で、マンモスの他メガテリウム(アリクイ),バルキテリウム(サイ)など体長5〜6M級の巨大哺乳類が生まれ、巨大爬虫類の絶滅によって空白化していた生態系の上位部分が哺乳類によって次々に埋められていった。
中生代後期、北半球では北米大陸西岸に海洋プレートが沈み込んで、白亜紀末にララマイド造山運動が起こり、ロッキー山脈を含む一帯が隆起した。ララマイド運動は4000万年前に終わったが、その後も地殻変動は続きグレートベースン断層やサンアンドリウス断層などを生じている。
南側では、ジュラ紀末期か白亜紀初期の頃ゴンドワナ大陸の中央部に入った亀裂が、その後押し広げられて白亜紀末にはゴンドワナ大陸は縦に裂け、南米大陸は南極−オーストラリア大陸との繋がりを残しつつ、アフリカ大陸からは完全に分離して西進していくことになる。南米大陸を載せた南米プレートが東太平洋海膨から東進するナスカプレートと衝突して、ナスカプレートが南米大陸の下にもぐり込み、マグマとなって噴出して初期のアンデス山脈が出来たのは、新生代に入った第三紀初め (暁新世か始新世) の頃と思われる。
新生代に入った頃より北上するアフリカ大陸とユーラシア大陸との接近が始まり、間にあったテチス海が最終的に消滅し、カスピ海,黒海,地中海などが出来たのは2000万年前とされる。このアフリカ大陸の衝突圧力による地殻変動はアルプス造山運動と呼ばれ、3000万年前までにヨーロッパアルプスのほか、ピレネー山脈,アトラス山脈,カルパチア山脈などを隆起させた。
4000万年前にオーストラリア大陸は南極大陸から分離して北上をはじめ、3000万年前には引き伸ばされていた南米大陸と南極大陸との陸橋もちぎれ、南極大陸は完全に孤立し環流に取り囲まれ、極地で融けることのない氷床に覆われた氷河大陸となった。
おそらく大規模な造山活動の最後が、インド−オーストラリアプレートに乗ったインド亜大陸と、ユーラシア大陸との衝突で世界の屋根と呼ばれる一帯が隆起したことだろう。インド亜大陸は白亜紀中頃までにはアフリカ大陸東岸を離れ、プレートに乗って6000万年ほどかけて北上し、ユーラシア大陸にぶつかったのは4000万年前の頃と考えられているが、その後インドプレートはユーラシアプレートを圧し続け、チベット高原を標高4600Mまで押し上げ、その周辺にヒマラヤ山脈,カラコルム山脈,クンルン山脈,テンシャン山脈などを隆起させ、更にユーラシア大陸全般に東西方向の歪みを引き起こしている。
ヒマラヤ山脈が生成したのは第三紀中頃の中新世の頃とされているが、これに少し遅れてアンデス山脈の第二次噴火が始まり、2000M級の山々が4000M級に成長し地殻も厚くなった。アフリカ大陸は再び東側で地殻の巨大な隆起が起こりひび割れて大地溝帯を生じた。ジャングルは寸断され乾燥して草原が広がるなどの変化を見せていく。最終的に陸地の構成が現在のようになったのは第四紀の始めの頃(150万年前)とされている。
暁新世に続く始新世(5,400〜3,700万年前)にウマ・ゾウ・サル・霊長類などが出現し、続く漸新世(3,700〜2,400万年前)にはエジプトのファユームで発掘された真猿類のエジプトピテクス(3000万年前)が出ている。メタセコイア(アケボノスギ)はこの世から現代まで同一種が存続し、形態を殆ど変えていないといわれ、生きた化石の一つとされている。
続く中新世(2,400〜500万年前)は、暁新世から続いた温暖湿潤な気候からやや乾燥気候に移ったといわれる時代で、草食動物は原野生活に適応して大いに栄え、またこれが肉食類の発展をうながした。現代の生物群の発展期とみなされ、今日のものに著しく近似したものや、その直接の祖先などが見られる時代である。日本から北米西岸にかけて見られるデスモスティルスは、この時代特有の海生哺乳類である
第三期の最後が鮮新世(500〜170万年前)で、この期の頃(300万年前)南米と北米が隆起したパナマ地峡で繋がるなど、陸地の変動が未だ少し残っている時代で、東アフリカに初のヒト属(Homo:ホモ・エルガスターなど)が出現したのはこの時代の末期とされる。
南極が大陸に覆われ南極圏が氷結した状況は(氷床の厚さに程度の差はあれ)今日まで変わりなく続いているが、その一方で以前には開けた比較的暖かい海だった北極海周辺では、大陸が極地を取り囲むように北上するようになって大洋との連絡が次第に断たれ、低緯度からの暖流の循環が妨げられるようになり、北半球の気候は大きな変化を見せていくことになる。
250万年前にはカリフォルニアやヨーロッパに氷河が出現し、180万年前にはアフリカ大陸にも影響が及んで降雨量が大幅に減少し乾燥化が進んだ。これは第四紀に氷期が周期的に到来するようになる予告としての出来事である。
白亜紀から第三紀にかけて世界各地に起こった造山活動や大陸の再配置によって、世界の気候パターンは大きく様変わりしていく。
今から170万年前に始まる第四紀の大半(今から1万年前まで)は更新世[洪積世]で、白亜紀から第三紀にかけて起こった海陸構成の大変化の結果として、北半球で氷河が広く発達するようになった 「大氷河時代」 として知られている。
この大氷河時代という表現は、氷期と間氷期が何回も繰り返された時代の全体を指す言葉である。19世紀中頃までは、過去50万年間に4回の氷期しかなく、しかも氷期の期間はその間の温暖な時代より遥かに短かったというのが通説だった。然し1970年に、海底の地層を掘削コアとして抜き取り、酸素18の含有量を調べる 「同位体温度計」 が開発され、過去200万年ほどの間に、地上の30%が氷雪に覆われるような大規模な氷河期が20回くらい繰り返されていたことが分かった。
概ね10万年ほど氷期が続くと比較的温暖な間氷期が訪れるが、間氷期は1万年ほどしか続かず又次の氷期が到来するという周期的な繰り返しが行われている。氷河の消滅・生成に伴なう海水量の増加・減少につれ、大幅な海水準の上下[氷河性海面変動 :グラシィアル・ユースタシイ]が生じるが、その高度差は最大100M以上に達する。その間隔は概ね10万年海退すると1万年海進が起こるということの繰り返しになる。
第三紀に南極大陸が隔絶され極地を封鎖した時代に、氷層が大きく発達した時には、海退により地中海が何度も干上がったり、ベーリング海が陸地となってアジアと北米が地続きになったりしている。第四紀の氷期の際にも、最新の氷河期であるヴェルム氷期で100M、その前のリス氷期には200Mも海面は今より低下していたとされている。
第四紀の殆どが氷河期であったことを考えると、第四紀の大半の時代に於ける陸地の様子も現在とはかなり異なる部分があったと考えられる。たとえばインドシナ半島から大スンダ列島に掛かる海は水深が100M未満で、氷期にはこの一帯は干上がっていたと考えられるのである。つまりかつてはインドシナ半島からマレー半島に続く線は、スマトラ島から南はジャワ島まで、東はボルネオ島、北はパラワン島までが陸続きで、これらすべてを含むスンダランドと称する陸地になっていたとされ、当時の河川の溝跡が今でも海底に残されていることが発見されている。
日本の例でも大氷河期の末期には、干上がったタタール海峡や宗谷海峡を通ってマンモスがシベリアから北海道に南下してきたことが分かっている。
一方過去には極地が凍結していなかった時代もあるが、仮に現在南極やグリーンランドにある氷床がすべて融けたとすると、海面は現在より73メートル上昇するという試算がある。
初の人類(ホモ・サピエンス:旧人ネアンデルタール人:新人クロマニヨン人等)が生まれ、旧石器時代は洪積世の終わり頃に終わったとされる。末期にマンモスなどが絶滅しているが、今日の生物地理区の起源はこの時代にあり、生物界の大部分は洪積世から現生と大差ない姿になった。
大氷河時代の最後の氷期[ヴェルム氷期]を「前寒冷期」といい、前寒冷期以後気候が温暖化してツンドラ時代となり、森林が生じ始めた時期を「後氷期」という。紀元前8,000年から始まったとされる後氷期から現在に至る1万年を完新世[沖積世]と呼ぶ。「後氷期」は最後の氷期が終わった後の間氷期にあたるわけで、時期的には現在その末期に差し掛かっていることになる。
多摩川中下流域の丘陵を構成する地層群は、鮮新世から洪積世前期にかけて堆積したものと考えられ、上に洪積世中期の段丘礫層と多摩ローム層を堆積しているところが多い。
武蔵野台地の大部分は洪積世中期の海成層からなり、その上に洪積世後期の段丘礫層を堆積し、段丘礫層の上にローム層と呼ばれる火山灰層をのせている。武蔵野台地東部の荏原台は、多摩丘陵東部の下末吉台地と同様に、洪積世後期の海成層からなり、上に直接下末吉ローム層をのせている。
多摩川の三角州平野は沖積世の三角洲堆積物や海浜堆積物からなっている。